シェイクスピアは『ハムレット』でこう書いている。「借り手にも貸し手にもなるな。貸し借りはしばしば金と友の両方を失わせる」と。しかし、私たちの暮らしはお金とは切り離せない。はたして、幸せなお金との付き合い方とはどのようなものだろうか――。この連載では、さまざまな有識者の言葉から、お金との心地よい付き合い方を考えます。第2回は、金融リテラシーの普及に努めるファイナンシャルプランナー(FP)の頼藤太希氏。じつはマネーの観点から、50代から人生が好転する「ハピネスカーブ」が存在すると指摘します。老後資金や将来不安に直面する時期と思いがちですが、いったいその理由とは――。
「富の最大化」から「幸福の最大化」へ
子育てをしている人は終盤戦にさしかかり、定年もみえてくる50代。はたして残りの人生をどう過ごせばいいのか。しかし、頼藤氏は50代は幸福度が上昇に転じる重要な時期だと説く。
人の幸福度は年齢とともにU字カーブを描くといわれています。青年期から中年期にかけて低下した幸福度は、50歳前後を境に再び上昇し、高齢期までその傾向が続くことが多くの研究で確認されています。これは「ハピネスカーブ」と呼ばれる現象(*1)です。また、この傾向は所得や資産などの属性の違いを考慮した分析でも確認されています。
※1 米ダートマス大学のデビッド・ブランチフラワー教授らによる、世界100カ国以上を対象とした調査研究などで、人生の幸福度が年齢に対してU字型の傾向を示すことが報告されている。
40代までの自分が思い描いた自己実現や成長への過度な期待、家族や経済性といった社会的責任の重圧から解放され、現実を受け入れ始める50代こそ、幸福の転換点。これまではかかるお金に振り回され、出世競争といった荒波にさらされてきましたが、そうした「富の最大化」から「幸福の最大化」を目指す時期とも言えるのです。仕事も主力として働く40代とは違い、50代以降は役職定年などをきっかけに、人生後半の見通しも自然と明確になります。しかし、役職を外れ年収が下がるにもかかわらず、仕事内容は同じ。やる気が低下する環境に身を置く現実もあります。
50代に差しかかれば、老後の不安も現実味を帯びてくる。はたして老後資産はどれほど必要なのだろうか。
お金を貯める必要性は否定しません。ただ、かつて叫ばれた「老後資金2000万円」のアドバルーンは、すべての人にあてはまるものでもありません。人によって生活費も受給できる年金額も違います。どれほど年金が得られるのか。支出はどの程度かかるか。そして、何歳まで働くのか。これらを考えずに「老後の資金の目標は2000万円」と一律に考えるのは無意味です。では、本当に必要なお金に目安はあるのか?私は万が一、医療費や介護費などにあてるための「心の安定資産」として、500〜1000万円程度のお金が手元にあればいいと考えます。もちろん、一定の勤労収入、そして資産運用でお金を増やしていく前提ではあります。一方で投資もせず、金融機関にお金を貯金し続けるしか手段を持たないのは危険です。なぜなら、インフレ時代においては、放置するだけの預貯金は「資産の目減り」を意味するからです。500〜1000万円の資産で本当に足りるのかと思う人もいるでしょう。しかし、内閣府『令和6年度経済財政白書』第3章の分析によれば、60代前半でピークを迎えた家計金融資産は、80代以降も大きくは取り崩されていないことが示されています。実際は公的年金や勤労などで得られる所得の範囲でほとんどの消費活動をまかない、老後資産を切り崩す程度は限定的。過度に不安を抱く方もいるかもしれませんが、そこまで臆することはないのではないでしょうか。

資産運用は50代から始めても遅くない
とはいえお金への不安や焦燥感は簡単には拭えない。巷にあふれる節約術や堅実に見える貯金をするだけではおぼつかない。
やはり資産運用は重要です。複利効果を考えれば、始めるのが早ければ早いほどいいことは間違いありませんが、50代からでもまだ時間はあります。新NISAやiDeCoといった資産形成の制度を活用して、「長期・積立・分散投資」といった誰もができる再現性があり、堅実性を兼ね備える投資方法は現実的な選択肢といえるでしょう。50歳ともなれば、教育費の負担は減り、共働きであれば、月10万円程度のお金を資産運用に回すことも可能な人が多いといえます。
では、50代からはどのようなものにお金を使えば幸せは最大化するのだろうか。
ブランド品や高級車など、今まで手が出なかったものを購入することは、自分の所有欲につながり一時的には幸福感を得られます。それがいけないわけではありません。しかし、経済学者のロバート・フランクが提唱した考え方に注目しましょう。ブランド品や地位など他者と比較できる「地位財」の満足度は瞬発的で長続きしないとされています。一方で、年齢を重ねるとともに健康や経験、人間関係などの持続的な幸福をもたらすとされる「非地位財」の重要性が増すといわれています。頼藤氏は、旅や学びといった体験、自分の大切な人のために使うお金こそが、人生後半の質を高める成熟したお金の使い方だと論じます。人生の究極の目的は、お金持ちになることではありません。幸せな人生を送ることです。そのための前提は健康でいること。心身が健康でいるには、好奇心や心の栄養を満たす様々な経験や活動、そして、人との豊かな関わりが重要になります。

はたして私たちはどうしたら幸せ、と言えるのだろうか。
有名な心理学者マズローの欲求階層説というものがあります。人間には欲求階層があり「1つ下の欲求が満たされると次の欲求を満たそうとし、絶えず自己実現に向かって成長するものである」とした考え方です。最も下層の1番目から生理的欲求、次が安全欲求、それが満たされれば社会的欲求と次の欲求を満たそうとしていきます。
1. 生理的欲求
生命維持のための本能的欲求。
例)食事、睡眠など
2. 安全欲求
予測可能で秩序ある安全な状態を得ようとする欲求。
例)経済的安定、健康状態の維持など
3. 社会的欲求
他者と関わりたい、何かに所属したい、という社会的欲求
4. 承認欲求
自分を認めたい、他者から自分の価値を認められたいという欲求
5. 自己実現欲求
自分の持つ能力や可能性を最大限発揮し、自分らしい創造的活動がしたいという欲求
しかし、定年を迎えれば、会社組織から離れることになります。その時、所属欲求を満たすことを求めて、あなたは日々、誰と会い、誰と話し、時間を共有しますか。そういった意味で地域の行事に参加したり、体を鍛えるのが趣味ならスポーツジムに通ったりするなど、「会社以外の居場所」を作っていくことが、幸福な人生に繋がっていきます。
自分の寿命がわからない以上、いかにお金を使うか、残すか…その判断は難しい。
私はお金は積極的に使った方がよいと考えています。なぜお金を使うべきなのか。人は歳を重ねるとホルモンバランスの影響や、好奇心や創造性を司る前頭葉が萎縮して体力の低下も進み、新しいことへの興味や行動力が減退してしまうからです。「いつかできたらやろう」と思っていても、その時にはやりたい意欲や体力が残っていない可能性が考えられます。だからこそ、動ける「今」お金を使って、さまざまな体験をすることが人生の幸福につながるのです。実はこうした考え方が、いま、静かなトレンドになりつつあります。それはお金を使わずに残して死ぬのではなく、「Die with Zero(資産を使い切ってゼロにしてから死のう)」という考え方です。アメリカの起業家、ビル・パーキンスが提唱した人生戦略で、2020年に発刊された同名の著書は世界的なベストセラーになりました。また、80年以上にわたり続くことで知られるハーバード大学の追跡研究(正式名:ハーバード成人発達研究(Harvard Study of Adult Development)では、良好な人間関係が高齢期の健康や幸福と深く関わることが示されています。50代時点での人間関係の満足度は、その後の身体的・精神的健康や幸福度を予測する重要な要因の一つとされています。孤立を避け、新たな出会いや絆のために時間やお金を使うことは、有効な「老後のリスクヘッジ」といえるでしょう。いまこそ「足るを知る」マインドセットが求められます。自分にとっての満足度のラインを定めること。それは、お金の欲望を追うレースから降りて、心の平穏と自由を得ることを意味します。
ドイツの文豪・ゲーテは、こんな言葉を残しています。「知るだけでは十分ではない、適用しなければならない。意欲があるだけでは十分でない、実行しなければならない」と。本当に芳醇な人生を味わうために、まずは何をあなたは実行するだろうか。
※本記事は情報提供を⽬的としたものであり、特定の⾦融商品の勧誘・推奨を⽬的とするものではありません。
【プロフィール】
頼藤太希(よりふじ・たいき)
株式会社Money&You代表取締役/経済評論家/マネーコンサルタント ファイナンシャルプランナー(CFP®)、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、日本証券アナリスト協会 認定アナリスト(CMA)、宅地建物取引士などの資格を保有。慶應義塾大学経済学部を卒業後、外資系生保のアフラックにて、資産運用リスク管理業務に6年間従事。2015年に株式会社Money&Youを創業し、代表取締役に就任。現在は、中央大学商学部客員講師、早稲田大学オープンカレッジ講師も務める。ニュースメディア「Mocha(モカ)」やYouTube「マネーアンドユー」などを運営。日本テレビ『カズレーザーと学ぶ。』などのテレビ・ラジオ番組や、各種経済メディアに多数出演・執筆。著書に『はじめての新NISA&iDeCo』(成美堂出版)や『定年後ずっと困らないお金の話』(大和書房)など書籍120冊超、累計200万部を超える。
取材・文:西村智宏 写真:松田麻樹 編集:Pen編集部