9月は日本銀行も米FRBも政策金利を引き上げ、経済ニュースで話題となりました。ここで登場するFRBは実は中央銀行ではありません。アメリカの中央銀行制度を解説します。
FRBは中央銀行ではない~アメリカの中央銀行制度を知ろう
お手元に1ドル紙幣をお持ちの方がいらしたら、チェックしてほしいことがあります。ジョージ・ワシントンの肖像画の左側、丸いマークの中にアルファベットが印字されています。アルファベットはAからLまでの12種類あり、ギザギザのマークの中には“FEDERAL RESERVE BANK OF NEW YORK"などと記されています。これは紙幣を配布する地区連銀を示すものなのです。
アメリカで紙幣の発行業務を行っているのは、いわゆる中央銀行であるFederal Reserve System(連邦準備制度)です。日本の場合、中央銀行は日本銀行だけですが、アメリカの場合には12行もあります。全米を12の地区に分けて、それぞれに連邦準備銀行(地区連銀)が置かれているのです。
紙幣に描かれているアルファベットは、どの地区連銀かを示すもの。「A」ならボストン連銀、「B」ならニューヨーク連銀の発行で、「L」はサンフランシスコ連銀の配布であることを示しているのです。紙幣そのものは財務省印刷局が一括して印刷し、それを各地区連銀に供給していて、もちろん全米、そして世界中で同じように使用できます。
ご存じのように、アメリカは50の州と連邦区から成る「連邦制」の国で、地域の独立性が強い国です。中央銀行の業務も1913年にFederal Reserve ActによってFRS(Federal Reserve System:連邦準備制度)が創設され、その制度の一部として12の連邦準備銀行(Federal Reserve Banks、地区連銀)が設けられ、1914年に業務を開始しました。連邦準備制度理事会(FRB:Federal Reserve Board/Board of Governors)はFederal Reserve Systemのgoverning body(統治機関)で、金融政策の主要な意思決定はFOMC(Federal Open Market Committee)が行います。
ニュースでは、「アメリカの中央銀行にあたるFRBが…」などと伝えられますが、これは正確ではありません。FRBはFRSの意思決定機関ですので、本来なら「アメリカの中央銀行である12の地区連銀をまとめたFRSにおける政策決定機関のFRBが…」となります。これだとややこしいので、「FRB=アメリカの中央銀行」というざっくりとした理解で問題はありません。もっとも、アメリカ人が聞いたら「?」となるかもしれませんが…。
では、アメリカ本国ではどうしているのでしょうか。経済ニュースを原語で聞くと分かりますが、“Fed”という略称が使われています。これは"Federal"の頭3文字を使ったもので、FRSもFRBもFedで通じることから、金融政策動向を予測するアナリストも”Fed watcher”と呼ばれています。
いずれにしても、アメリカの中央銀行制度は、12の地区連銀の集合体という特殊なものであることを理解しておいてください。これが、金融政策の決定プロセスにも、大きな影響を与えているのです。
金融政策は民主的に決められる
アメリカ国内のみならず、全世界の金融や経済に影響を与えるアメリカの金融政策ですが、そのプロセスは民主的です。
FRBは議長と副議長(2人)を含む合計7人の理事たちで構成されていて、大統領が指名し上院の承認を経て就任します。理事の任期は14年で、任期の満了時期が2年ごとに1人分ずつ来るよう設定されています。そして議長と副議長は、この理事の中からさらに大統領が指名し、上院の承認を経て就任します。その任期は4年です。
金融政策を決めるのは、連邦公開市場委員会(FOMC:Federal Open Market Committee)です。FOMCにはFRBの7人の理事と12人の地区連銀総裁が参加します。しかし、投票権を持つのはFRB理事7人と地区連銀総裁5人の計12人です。地区連銀総裁のうち、ニューヨーク連銀総裁は常任、残る4人は一年ごとの輪番制です。他の地区連銀総裁は、議論に参加しますが、投票はできません。
FOMCはおよそ6週間ごとに、2日間、年間8回開催されるのが通常ですが、緊急事態が発生した場合には臨時会合が開かれます。
アメリカの金融政策は、このFOMCでの多数決で決定されます。金融政策の提案は慣例として議長が行いますが、投票権は他のメンバーと同じく1票です。ですから議長は、他のメンバーのコンセンサスを得られるように議論をリードし、可能な限り全会一致になるように努力することになります。
FOMCで投票権を持つのは12人と偶数で構成されていますから、議長案に対して賛否同数になったり、否決されたりすることもあり得ます。この場合、「議長提案の却下=現状維持」となると考えられています。しかし、FOMCの歴史の中で、こうした事態になったことは一度もありません。FOMCではほとんどが全会一致となっていて、反対票が投じられることすら、あまり起こらないのです。
こうした中、2026年4月のFOMCでは、パウエル議長(当時)の政策金利据え置き提案に、4人が反対票を投じました。ただし、1人は0.25%の利下げを主張し、残る3人は政策金利の据え置き自体には賛成したものの、声明に利下げ方向のバイアスを残すことに反対しました。4人の反対票は1992年10月以来でした。そのため、「金融政策が不安定になるのでは?」と、金融市場がザワついたほどです。
議長であっても独断で金融政策が決められず、政治的な圧力があっても、独立性を保てるように設計されているのがFOMCであり、これがその信頼性を担保しているのです。
金融政策を予測する手がかり
FRBは法律で二つの使命が課せられています。「物価の安定」と「雇用の最大化」で、デュアル・マンデート(Dual mandate)と呼ばれています。物価と雇用、つまり景気をバランスよくコントロールするという、「二兎を追う」ことが求められているわけです。
このため、金融政策を決定する上で、物価と雇用のデータが、最も重要視されています。
物価指数では、「消費者物価指数(CPI:Consumer Price Index)」と「個人消費支出(PCE:Personal Consumption Expenditures)物価指数」があります。調査方法が異なる2つの物価指数ですが、PCEにより重きが置かれています。一方、雇用のデータとしては、「非農業部門雇用者数」が、重要な指標のひとつとなっています。
議長の頭の中を探る
FRBの金融政策を予測する上で、最も重要なのが議長の意向を読み解くことです。FOMCでの投票権はほかのメンバーと同じく1票ですが、議長は政策議論を取りまとめ、政策案を提示する中心的な役割を担います。その意向が出発点になっているからに他なりません。
しかし、議長が金融政策や経済情勢について、自身の考えを表明する場面は限られています。その中で最も注目されているのが、FOMCの後に開かれる記者会見です。この記者会見では、決定内容のみならず、それに至った議論の経緯、さらには今後の見通しなどについて、記者からの質問に応じる形で明らかにされます。
また、年2回行われる連邦議会での議長証言も重要です。議員からの質問を受けるわけですから、金融政策に対する批判など、厳しいやりとりになる場面もあります。
近年、注目度が上がっているのが「ジャクソンホール会議」での講演です。この会議は毎年8月、ワイオミング州のジャクソンホールで開かれる国際経済シンポジウムで、主要国の中央銀行総裁が一堂に会する重要な会合です。この会議では主に中長期的な金融政策についての考え方が示されることから、注目度が極めて高くなっています。また、G7やG20などの、定期的に開かれる国際会議での発言も注目されています。
このほか、各地で開催されるシンポジウムや経済フォーラムに招かれたり、メディアのインタビューに応じたりする形で、その考えが示されることもありますし、議長以外のFOMCメンバーの言動も見逃せません。
ハトだったはずのウォーシュ新議長
2026年5月、FRBの新しい議長にケビン・ウォーシュ氏が就任しました。金融政策決定において、インフレ対策を重視し、金融引き締めに重きを置く立場の人を「タカ派」、反対に景気を優先し、金融緩和に重きを置く立場の人を「ハト派」と呼んでいます(ハト派は、景気刺激を優先するリフレ派と呼ばれることもあります)。
トランプ大統領は、タカ派で利下げに慎重だった前任のパウエル議長を、「遅すぎる男」とか「愚か者」などと罵倒し続けてきました。そして、その退任に合わせてハト派とみられたウォーシュ氏を議長に指名しました。(パウエル氏は理事としてFOMCに残留していますから、タカの数が減ったわけではありません)
ウォーシュ氏の就任に際し、「非常に尊敬している」、「歴史に残る最高の議長になる」などと、大いに持ち上げたトランプ大統領。ウォーシュ新議長が、自らの意向に沿って、金融緩和を進めてくれる「従順なハト」だと考えたのかもしれません。
しかし、この人選に市場関係者たちは首をかしげていました。ウォーシュ氏はゴリゴリのタカ派として知られていたからです。
ウォーシュ氏は2006年2月、35歳でFRB理事に就任し、史上最年少のFed Governor(FRB理事)となりました。2008年の金融危機の対応などで大きな役割を果たしたウォーシュ氏ですが、2011年3月、任期途中でFRB理事を辞任してしまいます。原因はバーナンキ議長(当時)との対立といわれています。金融緩和を継続しようとするハト派のバーナンキ議長に反発したのが辞任の理由だと考えられています。こうした強硬な姿勢から、「ハードマネー・ホーク(貨幣価値を重視するタカ派)」とまで称されたのが、ウォーシュ氏だったのです。
近年はハト派的な言動が多かったことに加え、経験豊富で頭脳明晰なウォーシュ氏に白羽の矢を立てたトランプ大統領。就任当初は慎重な発言に終始し、「何を考えているのか分からない」、「ハトなの?タカなの?」と、様々な憶測を呼びました。
しかし、その正体はタカでした。8月に開かれたジャクソンホールでの講演で、インフレが2%目標を上回っているなど、金融引き締めに前向きともとれる発言をしたウォーシュ議長。トランプ大統領が激怒したのは当然です。「おまえはハトだったのじゃないのか?」というわけですね。
タカたちが結束したFOMC
2026年9月16日、FOMCは政策金利の引き上げを決定しました。利上げは2023年7月以来3年2カ月ぶりです。
FOMC後の記者会見でウォーシュ議長は、「インフレ率は高すぎる状態が長期間続いている」と、利上げの理由を説明しました。今回の決定は投票権を持つ12人全員一致によるもので、タカたちの結束力を示すものとなりました。
FOMCの利上げ決定に、「非常に敵対的だ。極めて政治的で、間違ったことをしている」と、FRB批判を展開したトランプ大統領。しかし、独立性を担保されているFRBに対して、「敵対的」で「政治的」なのはトランプ大統領自身であることは、誰の目にも明らかで、同調する声は聞こえてこないように見受けられます。
一方、ウォーシュ議長に対しては、「委員会と一緒に投票した方がいい、どうせ大勢に影響はないのだから」と、直接的な批判は避けたと伝えられています。これまで説明してきたように、ウォーシュ議長は1票しか持っていませんから、「(利上げに反対票を投じても)大勢に影響はない」というのは事実です。そうは言っても、批判するならウォーシュ議長を批判すべきところですが、任命したのは自分自身です。ウォーシュ議長を批判することは、自らを批判することになるため、怒りの矛先をFOMCのメンバーに向けざるを得なかったのでしょう。
アメリカの中央銀行システムは、他には見られない独自のものです。1ドル札に印刷された地区連銀のマークは、地域の自主性を重んじ、民主的に運営されていることを示すものなのです。大きな注目を集めるその動向ですが、大統領の過激な発言は聞き流し、FRB議長の発言などに注目していくことが大切なのです。
※本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品への投資を勧誘するものではありません。投資判断はご自身の責任でお願いいたします。


