住まいを選ぶときの重要な基準になるのが、利便性だ。特に通勤のしやすさから、駅までの距離を重視する人は多いだろう。ひとつの指標としてよく用いられるのが、「駅徒歩10分」である。では、リモートワークが広がったといわれる今、この「駅徒歩10分」の価値は変わったのだろうか。

本記事では、駅距離と不動産価格の関連データやリモートワークの活用率といったデータを用い、「駅近信仰」の現在地を探る。

駅近の持つ価値とは

そもそも、「駅徒歩10分」は実際どれくらいの距離なのか。そして、その近さにはどのような価値があるのだろうか。

不動産広告の徒歩分数は、感覚で決められているわけではない。「不動産の表示に関する公正競争規約」により、「80メートルにつき1分」として計算することが定められている。なお、80メートル未満の端数が生じた場合は切り上げ、1分として算出する。

つまり「駅徒歩10分」とは、駅から約800メートルの距離だ。ただし、これは道路距離を機械的に換算した数字にすぎない。信号待ちや踏切、坂道、歩道橋の昇り降りの時間などは含まれていない。表示上の10分が、実際に歩いて10分とは限らない。

それでも、この「駅徒歩10分」は住まい探しのひとつの節目として意識されてきた。実際、エリアや物件条件によって差はあるものの、徒歩10分前後を境に価格差が生じやすい。

駅近は「売るとき」に強い

では、その傾向は実際の市場データでも確かめられるのだろうか。アットホームラボの「MARKET SURVEY VOL.63」によると、2016年~2017年に売り出された東京都の中古マンション約7,000件を7年後に追跡した結果、23区では90.3%、都下(東京都のうち23区を除いた市町村)でも77.2%の物件が値上がりしていた。

注目したいのは、全体の平均ではなく、駅距離との関係だ。23区では、駅距離が価格の下支えになる傾向がみられる。

築年数だけを見れば、30年を超えると価格が上昇した物件の割合は低下していく。しかし、築40年超の物件でも、駅徒歩10分以内なら約9割が値上がりしていた。さらに駅徒歩10分以内に限れば、築「20年以下」から「50年超」まで、すべての築年帯で価格が上昇した物件の割合が8割を超える。築年数という不利を、駅近が補っているのだ。

一方、都下では、23区ほど徒歩分数による差は大きくない。その分、築年数の影響が強くあらわれ、築40年を超えると、駅距離を問わず価格が上昇した物件の割合は7割台まで下がる。都下では、駅近であることよりも、築年数が価格を左右する傾向にある。

同じ東京でも、駅の近さが価格に与える影響は一様ではないということだ。そして、東京の外に目を向けると、この違いはさらに大きくなると考えられる。今回のデータはあくまで東京のものだ。鉄道を中心に人が動く都市部では駅の近さが資産価値に反映されやすいが、車での移動が中心となる地方では、その影響は弱まるだろう。駅からの距離がどれだけ価値を左右するかは、住む場所の性格によっても変わってくる。

とはいえ、東京のデータから得られる示唆は少なくない。とりわけ23区では、築年数が古くても、駅に近い物件の大多数が値上がりしていた。少なくとも都市部では、駅近は売るときに価格が下がりにくいといえる。

住まいは多くの人にとって長く住む前提の買い物だが、転勤や家族構成の変化で売却を考える場面もある。アットホームの「住宅購入のプロセス&マインド2024」調査では、新築・中古マンション購入者の半数以上が将来の住み替えを前提に住まいを購入しているという。

その意味で、利便性だけでなく、10年後、20年後にどれだけ価値を保てるかは、今や住まい選びの重要な判断軸になっている。こうした点から見ても、駅近が持つ資産としての強さは軽視できない。

リモートワークで「駅近信仰」は変わったのか

だが、コロナ禍でリモートワークが普及して通勤の頻度が減ったときには、「住まいの選び方が根本から変わるのではないか」といわれた。毎日通勤しなくてよいなら、駅の近くに住む必要性は下がるからだ。では現在、リモートワークはどのくらい利用されているのだろうか。

総務省の「令和6年 通信利用動向調査」によると、企業のテレワーク導入率は、2019年の20.2%からコロナ禍で急上昇し、2021年に51.9%のピークに達した。しかしその後は2022年51.7%、2023年49.9%、2024年47.3%と、3年連続で緩やかに下がっている。

ただし、これは企業が制度を設けているかどうかを示す数字であり、実際の利用状況とは必ずしも一致しない。総務省の別の調査では、テレワークやオンライン会議を「日常生活や仕事において積極的に活用している」と答えた人は14.5%にとどまる(総務省2025「国内外における最新の情報通信技術の研究開発及びデジタル活用の動向に関する調査研究」)。

野村総合研究所が東京都内の大企業に勤める会社員を対象に行った調査でも、週3日以上出社する人の割合は、2022年2月の59.7%から2023年7月には75.1%へと上昇している。コロナ禍のピーク時に比べれば、出社を中心とする働き方に揺り戻しが起きているといえる(野村総合研究所2023「働き方・住まいに関する調査」)。

駅から離れても価格が下がりにくいのはなぜか

出社が戻ったとはいえ、働き方が以前とまったく同じに戻ったわけではない。では、リモートワークの広がりは、人々に駅から遠い住まいを選ばせるようになったのか。住宅市場のデータを見ると、そうとは断定できない。

日本経済新聞が首都圏の成約事例を分析したところ、中古戸建てでは、駅から遠くても価格が下がりにくい時期が2022年後期にピークを迎えたものの、その後はもとに戻りつつあるという。その要因のひとつとして、リモートワークが思ったほど定着しなかったことが挙げられている。

一方、中古マンションでは、駅から離れても値下がりしにくい傾向がみられるが、その理由も働き方ではない。マンション価格が高くなったために、「駅から少し離れても仕方ない」と考える人が増えたのではないか、と推測されている。

どちらのデータからも、「リモートワークが住まいの選び方を大きく変えた」とはいえない。戸建てでは、一時は駅から遠くても売れたが、リモートワークが根づかなかったことで、駅近志向が戻りつつある。マンションでは、駅から離れた物件も売れているものの、それは価格が上がりすぎて駅近をあきらめる人が増えたためだと考えられている。

どちらにしても、「駅近信仰が覆った」とは結論づけられないだろう。

駅近は満足度にもつながる?

では、満足度の観点から見るとどうか。駅から自宅までの距離が近いほど、人々の満足度は上がるのか。

やや古いデータだが、2017年に行われた「SUUMO賃貸・一人暮らしのこだわり条件調査」が参考になる。コロナ禍前のデータであるものの、働き方が社会全体で大きくは変わっていないことを考慮すれば、今も十分判断材料になるだろう。

この調査で最寄り駅までの徒歩分数別に満足度を見ると、「満足」と答えた人の割合は、3分未満で93.4%、3分~5分未満で100.0%、5分~7分未満でも90.5%と、駅近の満足度が高い傾向がはっきり出ている。

反対に、徒歩20分以上では、満足している人は20.0%まで下がった。駅の近さが満足度に効いていることは、確かなようだ。

とはいえ、駅から距離があること自体を苦にしていない人も少なくない。調査のなかでは、「いい運動になる」「バスが使えるので不自由がない」といった声が挙がっている。距離がある分、同じ家賃でも駅近より広い部屋に住める点に満足しているという人も目立った。

ひとり暮らしを対象にした調査なので家族世帯では異なる面もありそうだが、駅から遠いことがそのまま不満に直結するかどうかは、人によっても分かれそうだ。駅までの距離をなにより優先する人もいれば、家賃や部屋の広さ、周りの環境などを重視する人もいる。

それでも全体として見れば、満足度の軍配は駅近に上がるだろう。駅近であれば必ず満足とまではいえないが、駅の近さが満足度を底上げすることは確かだ。

駅近はこれからも最適解か

ここまで見てきたように、駅の近さには確かな強みがある。23区では、築年数が古くても、駅に近い物件は値下がりしにくく、コロナ禍を経ても、駅近信仰は揺らがなかった。満足度も、データ上は駅近が圧倒的に高い。どこまで重視するかは人によって分かれるものの、全体として駅の近さが影響していること自体は疑いようがない。

そのうえで、最後にもうひとつ大事な点がある。駅に近いことの強みは変わらないとしても、駅近が具体的にどれだけ便利かは、駅によって異なるし、これからも変わっていくということだ。

たとえば、渋谷駅では大規模再開発の一環として、2025年5月に渋谷スクランブルスクエア第II期(中央棟・西棟)の工事が着工した。今後2034年度にかけて、駅周辺の動線や乗り換え環境の整備が段階的に進められる予定だ。

渋谷は坂や高低差が多く通路も複雑なため、同じ「駅徒歩10分」だとしても、実際の歩きやすさに差が出やすい。再開発が進めば、表示上の徒歩分数は変わらなくても、移動のしやすさや体感的な利便性は大きく向上する可能性がある。

もちろん、こうした変化は渋谷に限らない。再開発で駅周辺が便利になっていく駅もあれば、人口や利用者の減少によって便利さが失われていく駅もある。都市か地方かによっても、駅の近さがもたらす価値は異なる。

「駅徒歩10分」は、これからも住まい選びの有力な判断材料であり続けるだろう。ただし、その数字がそのまま暮らしやすさを保証してくれるわけではない。同じ「駅徒歩10分」でも、どこの、どの駅なのかによって、意味合いは変わってくる。

だからこそ、数字を出発点にしつつ、その駅や街がこの先どう変わっていくのかまで見ることが、これからの住まい選びでは大切になるだろう。

■参考

不動産の表示に関する公正競争規約

アットホームラボ「MARKET SURVEY VOL.63」

令和7年版 情報通信白書

野村総合研究所、都内の会社員を対象に「働き方と移住」のテーマで 2 回目の調査

住宅価格、駅からの距離・築年数の影響は

賃貸物件の探し方調査[1] 最寄駅からの距離、理想は「3分~5分未満」

~「100 年に一度」の大規模再開発、渋谷駅街区計画、最終章へ~

アットホーム『ユーザー動向調査「住宅購入のプロセス&マインド 2024」』(PDFがダウンロードされます)