立山連峰、ホタルイカ、ます寿司……。豊かな自然や食など多くの魅力がありながら、「これ」といった強いブランドイメージは定着していなかった。

そんな富山県が打ち出したのは、「寿司といえば、富山」というキャッチフレーズ。あえて誰もが知る超ビッグワードで“すし県”を目指すという大胆な挑戦だ。県の魅力を「寿司」に絞る“一点突破”の戦略は、企業や県民を巻き込み、新たな動きを生み出している。

今回は、その仕掛け人・高木新平さんに、プロジェクト誕生の背景や、「寿司」で尖らせた理由、そしてその戦略が生んだ思わぬ成果について聞いた。

高木新平さんプロフィール

1987年富山県出身。博報堂退社後、(株)NEWPEACE創業。2021年2月より富山県成長戦略会議委員として、富山県成長戦略のPR戦略設計やクリエイティブのディレクション、ブランディング戦略プロジェクトチーム座長を務める。2023年からは富山県のクリエイティブディレクターに就任。

「寿司といえば、富山」とは?

富山県が2023年に打ち出したブランド戦略。2032年度までに、「寿司でイメージする都道府県で富山県を回答する割合90%」「富山の寿司を友人などに積極的に勧める県民の割合90%」を目標に掲げている。

まーた高木さんがややこしいこと言い始めた(笑)

―富山県を寿司という超ビッグワードで打ち出すって、かなり大胆ですよね。最初に提案したとき、県庁内や周りの空気感ってどんな感じだったんですか?

高木:「あ、またややこしいこと言い始めたぞ」っていう感じでしたね(笑)。もともと僕は、今の知事(新田八郎氏)になって作られた「富山県成長戦略会議」の委員のひとりだったんです。その時点でも「富山はもっとこうしていった方がいい」ってかなり提言させてもらっていたので、「また何か始まったな」と周りはなかば慣れっこだったとは思います。でも、言っていること自体は極めてロジカルなんですよ。

  • ちなみに、知事は柔軟な方で「やってみよう!」と前向きだったのだそう

    ちなみに、知事は柔軟な方で「やってみよう!」と前向きだったのだそう

―え、ロジカル? 寿司が、ですか……?

高木:寿司が、です。そもそも前提として、県では「幸せ人口1000万」っていうビジョンを掲げているんですよ。ウェルビーイングを通じて、居住人口じゃなくて関係人口(=県外から富山に関わってくれるファン)を1000万人にしよう、と。

― 1000万人て。富山県の人口って約100万人ですよね? いきなり目標が高い。

高木:そうなんです(笑)。で、その1000万人に定期的に関わってもらうためには、まず手前で富山にものすごく関心を持ったり熱狂したりしてくれる人が全国に何千万人といないと成り立たないわけです。

でも、富山県って各種都道府県ランキングを見ても20何位とか中盤ばかりで、突出して話題になることもあまりない。じゃあ現状を変えるにはどうするかといったら、「一点突破」するしかない。

プレゼンでは、アシックスの創業者・鬼塚喜八郎さんの「きりもみ商法」の話を例に出しました。分厚い板に大きな穴を開けるのは難しいけど、きりなら小さい穴を開けられる。富山も、自治体のなかで見れば「中小企業」。巨大な競合に勝って「1000万人」を目指すなら、そういう戦い方をしなきゃいけない。

―なるほど、「1000万人」を作るための秘策が「寿司」だったんですね。

高木:そうです。ただ、これは「富山といえば、寿司」という自己紹介じゃないんです。逆で、「寿司といえば、富山」なんです。

―??? えーっと、何が違うのでしょう……。

高木:「富山」という名前自体は、全国的に見たら残念ながらまだまだ認知度が低い。だから「富山とはこれです!」ってアピールしても誰も聞いてくれないんです。でも「寿司」なら、日本人も海外の人もみんな大好きで、関心も大きい。だから世の中の人が「寿司を食べに行きたいな」と思ったときの選択肢に富山を滑り込ませたいんです。

  • 「寿司が食べたくなったら富山を思い出してほしい」

    「寿司が食べたくなったら富山を思い出してほしい」

―なるほど、「富山を見て!」じゃなくて、「寿司が好きな人、こっち!」って呼びかけるってことですね?

高木: まさにそういうことです(笑)。

そもそも、富山の魚は素材がいいので、金沢などの有名店に運ばれていい寿司になっているんです。素材自体は間違いなく最高だから、それを握る良い職人さんさえ育てば、富山だって“寿司の目的地”になれるはず。

実際に若い職人さんが手掛ける高級店が出てきたり、職人を育てる「北陸すしアカデミー」を開校したりと、新しい芽も出てきました。だからこそ、素材を売って終わりじゃなくて、「寿司を食べる」という付加価値の高い体験を富山で提供していこう、という話なんです。

「水」じゃ人は動かない。「素材」から「体験」へ

―ちなみに、「寿司」以外に打ち出すテーマの候補はありました?

高木:「水」とか「美食」みたいな考え方もありました。実際、富山は日本で一番「名水百選」に選ばれている県なので。そういうテーマだと抽象的で角が立たないから行政側は選びやすいんですけど、他の県でもやってますし、聞く側からするとイメージが人によってバラバラで、認知が作れないんですよ。「水のために富山に行こう」とはならないじゃないですか。だから、もっと具体的に体験のイメージが湧く「寿司」まで言い切ろうと。

―そもそも、なんで富山の寿司ってそんなに美味しいんですか?

高木:それは富山の地形がすごすぎるからです。標高3000m級の立山連峰から急勾配の川が流れて、栄養分が富山湾に注ぎ込んで、その富山湾は深さ約1000mまで一気に深くなる。高低差が4000mもあるエリアなんです。この高低差がさまざまな魚種を育んでいて、地形そのものが食の宝庫なんですよね。

  • 立山連峰から富山湾まで、約4,000mの高低差が育む“天然のいけす”

    立山連峰から富山湾まで、約4,000mの高低差が育む“天然のいけす”/画像提供:富山県

― 4000mの高低差、そんなすごいポテンシャルがあったんですね。

高木:これまでの富山って、ホタルイカや白エビ、ブリといった「素材」を売っていたんですよ。でも、ブリそのものを見に旅行する人はいないですよね(笑)。大切なのは、素材単体ではなく「寿司を食べる」という付加価値の高い体験を売ることなんです。

実は予算が渋い(笑)。でも「官民大喜利」で認知90%超へ

―予算の話になっちゃうんですが……公開されている県の予算資料を見たら、このプロジェクトの予算って年間で数千万円程度ですよね。もっとガツンと入れてるのかと思ってたのですが、正直、県の事業としてはちょっと渋くないですか……?

高木:そうなんですよ(笑)。昔みたいにタレントを起用して何億円も使って全国広告を打つ、みたいな予算は到底ありません。だからこそ、官民連携で広げるしかなくて、最初の3年間は「県内」を盛り上げることに注力したんです。

―全国にドカンと打つんじゃなくて、まずは地元から?

高木:県の取り組みなら地元のメディアが取り上げてくれますし、県内の企業なら「地域を良くしよう」と協力してくれやすいじゃないですか。そうしたら、地元のホテルが朝食で寿司を出し始めたり、14の酒蔵が寿司ネタに合わせた日本酒を開発してくれたり、企業が“大喜利”みたいに面白がって自主的に乗っかってきてくれたんです。

  • 県内の14 蔵が開発した「富山ノ酒と寿司」シリーズ

    県内の14 蔵が開発した「富山ノ酒と寿司」シリーズ/画像提供:富山県

今では官民連携の取り組みが200件以上生まれていて、2023年に始まった「寿司といえば、富山」の県内の認知度は90%を超えました。1世帯あたりの寿司の年間支出額も2024年は全国1位になったりと、しっかり数字としても成果が出ています。

―3年間で90%超え、県民のほぼ全員が知ってる状態ですね。地元が一体となって盛り上がっているんですね!

高木:さらに面白い展開もあって、北九州市が「すしの都」を掲げ始めたのを受けて、首長同士の「すし会談」が行われたり。それにJR西日本さんが乗っかってくれて、富山と北九州を結ぶ「すしのゴールデンルート」を作ろうという大きな動きにも繋がっています。

  •  富山県と北九州市の両首長による「すし会談」

    富山県と北九州市の両首長による「すし会談」/画像提供:富山県

―「関係人口1000万人」の進捗はどうでしょう?

2022年の約351万人から、2025年の調査では約723万人になりました。観光も増えていて、北陸でインバウンドが伸びているのは富山だけなんです。

とはいえ、「寿司といえば、富山」の県外認知度はまだ2割くらい。でも、10年くらいかければいけると思ってます。

10年後に「わざわざ行きたい場所」になるために

―「寿司といえば、富山」は10年プロジェクトですよね。公務員の方って3年周期くらいで部署異動になっちゃうので、プロジェクトが途中でリセットされがちなイメージがあるのですが……。

高木:そうなんですよ。だからこそ知事直轄の「ブランディング推進本部」を作って、人が入れ替わっても10年ブレないテーマを走り続けられる仕組みにしました。ブランディングってやっぱり10年くらいかかるものなんです。

―10年後、富山がどうなったら「成功」だと思いますか?

高木:シンプルに「わざわざ行きたい場所」になることです。僕の知り合いで、国内旅行が好きで44都道府県巡ったっていう人がいて、残りどこって聞いたら「富山と佐賀とどこか」って言われたんですよ(笑)。それって「わざわざ行くイメージがない」ってことですよね。

北海道なんてプロモーションしなくても人が行きますよね。それってやっぱり、強いブランドがあるからです。大自然とか、美味しいグルメとか、パッと思い浮かぶじゃないですか。富山もその状態を作りたいんです。金沢という文化的な街や、高山という里山の街と並んで、北陸を周遊する選択肢として“富山の寿司”が入ってくる。そこを目指して、これからもじっくり仕掛けていきたいですね。

―直近では(2026年7月)、富山空港の愛称が正式に「富山高山すし空港」に変更されたニュースも話題になりましたし、この勢いでますます「富山=寿司」のイメージが広がりそうですね。

  • 富山空港の愛称が「富山きときと空港」から「富山高山すし空港」へ

    富山空港の愛称が「富山きときと空港」から「富山高山すし空港」へ/画像提供:富山県

文・取材:福田桃子(旅色編集部) 写真:入江達也

後編予告

―10年かけて富山を「わざわざ行きたい場所」に変えていく高木さんですが……ほかにもブランディングに関わってみたい地域はありますか?

高木:鹿児島や鹿島、あとは北海道も絶対関わりたいですね! 実は僕、“富山と北海道は兄弟説”を唱えていて……

(インタビュー後編へつづく:次回は高木さんが語る「地域ブランディング」や、ハマっている旅先などについて掘り下げます!)

後編:目指すは「廃県置藩」!? 高木新平さんに聞く、選ばれる地域のつくり方