全国の自治体が地域ブランディングに苦戦するなか、成果を出す地域は何が違うのか? 鍵を握るのは、「強い旗」と「勝利の方程式」。さらに、これからの時代にマッチするという“廃県置藩(はいけんちはん)”という斬新なビジョンまで、人が集まる街づくりのヒントをたっぷり聞いてみた。
高木新平さんプロフィール
1987年富山県出身。博報堂退社後、(株)NEWPEACE創業。2021年2月より富山県成長戦略会議委員として、富山県成長戦略のPR戦略設計やクリエイティブのディレクション、ブランディング戦略プロジェクトチーム座長を務める。2023年からは富山県のクリエイティブディレクターに就任。
「強い旗」を立てなきゃ誰もついてこない
―前編では富山での「寿司」の戦略について伺いましたが、そもそも地域ブランディングにおいて一番大事なことって何だと思いますか?
高木:やっぱり、その地域に「強いビジョン(旗)」があるかどうか、ですね。そこに尽きると思っています。日本全体もそうですけど、今って「どういう社会を目指しているのか」が分かりづらいじゃないですか。地域にはいろんな立場の人がいるからこそ、「こっちを目指そう!」っていう明確な旗を立てることで、初めてみんなが同じ方向を向けるんですよ。
―富山県で掲げている「幸せ人口1000万」や、そのための「寿司といえば、富山」もまさにそれですね。
高木:そうです。明確なビジョンという旗を立てるからこそ、共感する人が集まってきて、一緒に街をつくる流れができると信じてます。
―実際に、「旗」を立てて成功している地域って、高木さんから見てどこだと思いますか?
高木:近年で圧倒的に成功しているのは、福岡市じゃないですかね。工業の時代は北九州などの方が存在感あったと思いますが、特に高島市長になってから、福岡市は「アジアのリーダー都市」という明確な旗を立てましたよね。博多が歴史的にアジアからの文化拠点だった背景を強みに、ソフト産業やカルチャーのハブへ舵を切ったことで、ITスタートアップやブランドがどんどん集まる場所になっています。結果として経済が回っている。
―思い切ったビッグな旗ですけど、アジアの玄関口という独自の強みを本気で打ち出したんですね。
高木:そう。あと地域を変えた例としては、現代アートの島になった直島などがある瀬戸内とか、「創造的過疎」を掲げてサテライトオフィス誘致や私立高専(神山まるごと高専)の開校まで結びつけた徳島県神山町も素晴らしい事例。どちらも30年くらいかけてますね。
―30年……。地域のブランディングって、そんなに時間がかかるんですか!?
高木:2、30年スパンの覚悟が必要です。認知と実態を更新していくのってけっこう大変で、富山の寿司だって最低10年のプロジェクト。人は簡単に変わらないので、新しいイメージを生きる人たちが世代交代することで街も本当に変わっていく。それくらいの時間が必要なんです。
勝利の方程式は「地域の素材×一流クリエイター×外部評価」
―成果を出すのが難しい地域ブランディングですが、ずばりどうしたら成功するのでしょうか?
高木:地域の価値を転換するには、「地域の歴史/素材×トップクリエイター×外部評価」の掛け算が必要だと思ってます。地元の人は自分たちの日常に慣れ過ぎていて、「うちの街は暮らしやすく人がいいけど、特別なものは何もないから~」とか言いがち。そこに外の目線を持った一流のクリエイターが写真やデザインの力で魅力を切り取ると、まったく違うイメージや体験になっていく。
富山でも谷口シェフが率いるレヴォのような土着のオーベルジュが食シーンを変えたし、イナガキヤストさんというフォトグラファーが撮る写真で新しい景色が共有された。それがSNSやメディアに取り上げられたり、賞を取ったりして、外部の評価になる。その鏡で地域の姿を見ることで、地元の人たちがはじめて自分たちの足元にある価値や可能性に気づくんです。
そういったブランドイメージの積み重ねで、富山が少しずつ注目されるようになっている。「ニューヨーク・タイムズが選ぶ、訪れるべき街」に選ばれるなど確実に変化が生まれてきています。
―地域の中の人だけで頑張るより、外の目線をもったプロによる「編集」の掛け算が必要ってことですね。そういう意味だと、地域の人も一度外に出た方がいいのかも……?
高木:はい、若い人も一度は地元を出て、外の世界とか海外を見たほうがいいと思います。外の空気を感じて初めて、地元の本当の価値にも気づけるから。実際に新しい価値をつくっている人は一度外に出た人か、またはご縁で移住してきた人が多い印象です。
ちなみに僕も18歳で上京した時、周りが誰も富山を知らなくて絶望しました(笑)。でもその“外の目線”を知ったからこそ、「日本海側はすしの聖地になれると確信したし、その寿司くらい尖らせないと世の中に届かない」と気づけました。ずっと地元にいたら絶対に出てこない発想です。
―なるほど、そうなると、地域には外からの意見を受け入れる柔軟性も必要ですよね。
高木:そうそう、だから「関係人口」なんですよ。外から来た人を「お客さん」扱いするんじゃなくて、一緒に面白がれる「仲間」として巻き込める地域が強くなっていくでしょうね 。例えば、島根県の海士町(あまちょう)なんかも、「島留学」といって全国から学生や移住者を受け入れて、小さな島なのに面白い人がたくさんいます。それもよくよく聞くと、歴史的に後鳥羽上皇など偉い人の島流しの土地だった背景から「外から人が来ると島が豊かになる」という成功体験があって、外の人を面白がる文化が根付いているんです。
日本の未来は「都道府県」より「藩」がいい!?
―富山以外で、高木さんご自身が今後関わってみたい地域やアイデアはありますか?
高木:無限にありますよ。例えば鹿児島はすごく面白いですね。僕も関わらせてもらってるんですが、「薩摩会議」という民間のカンファレンスが盛り上がっていて。鹿児島って明治維新を起こしたプライドがあって、薩摩藩と県の境界がほぼ同じなんです。だから一体感が生まれやすい。
いまSHONAIという会社の経営にも関わってますが、僕は日本のこれからのあり方として、廃藩置県ならぬ“廃県置藩”みたいな流れもあるんじゃないかと思っていて。
国主導で一億総中流の延命のような地方創生をするのではなく、大きなインフラ以外は、藩のように各地に主導権を持たせて、特徴をもってそれぞれで突き抜けていく。その場合は、新しい城下町を作れるような企業や資本家がいることが肝になると思いますが。
―AI時代だからこその「藩」! それならただの行政上の区分よりも、地元に愛着を持って楽しく暮らせそうですね。
高木:そうでしょ。例えば、鹿島アントラーズで有名な茨城県の鹿嶋市も面白いんです。人口わずか6万人の街に、数万人規模の巨大スタジアムがあるなんて、普通に考えたらおかしいじゃないですか(笑)。でも、30年積み重ねてきたスポーツ文化のDNAがある。新スタジアムの建設計画も進んでるし、スポーツを中心としたモデルシティになれるんじゃないかと。
―鹿島ファンの熱量ってすごいですもんね。日本を代表するクラブチームがあるという誇りも根付いてる。そういう愛着やカルチャーがある街は強いですね。
高木:そうそう。各地域には、そういうポテンシャルに気づいて動きはじめている人が必ずいるんですよ。だから僕がゼロからやるというよりは、熱い意志を持った地元のリーダーたちと一緒に、土地固有のストーリーを見出していきたいですね。
鹿児島や鹿島もそうですけど、あとは北海道も絶対関わりたいですね! 実は僕、“富山と北海道は兄弟説”を唱えていて。
―北海道と富山が兄弟、ですか???
高木:北海道と富山って、昔は北前船(きたまえぶね)の海上ルートで直結していて、昆布とかニシンの取引でめちゃくちゃ縁が深かった。実際、北海道の開拓者の1割程は富山の人だったといわれてます。今も直行便は飛んでいるし、地銀が経営統合したり、北海道の前知事と今の富山県知事は親族同士で繋がりがあったり。札幌も福岡みたいになれるポテンシャルがあるし、温暖化の時代には、アジアの人が世界で一番行きたい街になれるんじゃないかな。
【番外編】プライベートの旅は? 実は“激しいお祭り”マニア
―話は変わりますが、高木さんってプライベートで旅行とか行くんですか? ずっと仕事してそうですが……。
高木:僕はバックパッカーしてたので、各地の文化にどっぷり浸かるの大好きです。今も続いているのは、お祭り巡りですね。アメリカの「バーニングマン」やインドの「クンブメーラ」にも行きますが、日本は祭りの宝庫なので。国内だけで2万以上あるといわれてます。文化大国なんです。
この前も地域の人のご縁で、能登の「あばれ祭」に参加させていただきました。火の粉が降り注ぐ中で、みんなで神輿をぶっ壊し続ける激しい祭りなんですけど、むちゃくちゃ最高でした。
―えぇっ!? 神輿を壊す!? 火傷しませんそれ!?
高木:みんな火傷しまくってます。もちろん本当にやばい奴に参加できる人は限られてますが(笑)。ほかにも、伊勢神宮の式年遷宮に参加したり、300年以上続く富山の世界一静かな祭り「おわら風の盆」や、逆にまだ誕生して30年ほどの函館の「いか踊り」とか、まだ見ぬ文化を浴びています。お祭りって、その地域のエッセンスが詰まった究極の非日常体験だから大好きなんです。
―祭を選んで行くあたり、仕事柄やっぱりブランディング目線で見ていたり…?
高木:あ、それは全然ないです。ふつうに全力で楽しんでます(笑)
―よかったです(笑)。高木さんご自身が、全国を巡るなかで「何度も訪れたくなる街」ってどういう場所でしょう?
高木:やっぱり、そこに行く明確な理由がある場所ですよね。他では絶対真似できないお祭りがあるとか、そこでしか味わえない食や自然があるとか。そういう強烈な体験ができる目的地は絶対に強いと思うんです。
だからこそ、僕も富山の「寿司」を世界中の人がわざわざ訪れたくなる場所にすべく、10年かけて育てていきたい。そして富山に限らず、全国の熱量あるリーダーたちと一緒に、人がわざわざ行きたくなる目的地を各地で仕掛けていきたいですね。
―地域を面白くするヒントが詰まったお話でした。富山のこれからの展開もすごく楽しみにしています。高木さん、今日は本当にありがとうございました!
文・取材:福田桃子(旅色編集部) 写真:入江達也




