夢のような話ですが、現実に起こったことです。その社員食堂とは、SpaceX社の社員食堂。2026年6月12日、この会社の従業員に、数千人のミリオネア(資産100万ドル以上の大金持ち)が、突如として誕生したのです。
「料理人や電気技師といった、われわれのような労働者に可能性を与えた」
こう語るのは資産の評価額が約105万ドルになった男性ですが、その仕事は溶接工でした。37歳のエンジニアは、保有株の評価額が少なくとも1,350万ドルになったと伝えられています。
夢物語を生んだIPO
ミリオネアを爆誕させたのが、SpaceX社のIPOでした。
AIに「IPOとは何か?」と質問すると、「これまで一部の経営者や投資家しか持っていなかった未上場企業の株式を、証券取引所に上場し、一般の投資家でも自由に売買できるようにすることです」という答えが返ってきました。これでは何のことか分かりませんよね。
IPOとは、Initial(最初に) Public(一般向けに) Offering(売り出す)の略です。日本では「株式公開」とか「新規上場」と呼ばれています。
この日、SpaceX社はナスダック市場に株式を上場させました。これによって、誰もが自由にその株を売買できるようになりました。この日の株価の終値は160.95ドル。先ほどの溶接工だった男性は6,500株を保有していたことから、その資産額は約105万ドル(約1億6,000万円)になったというわけです。 SpaceXの従業員には、報酬の一部として株式やストックオプションが付与されていました。その数は数千人にも達するとされていて、IPOによって公開市場で株価がついたことで、「社員食堂がミリオネアで溢れている」という状況が生まれたというわけです。
従業員たちですら、これだけの資産を手にしたわけですから、創業者のイーロン・マスク氏の資産は桁外れになりました。その資産額は同じく創業したテスラの株などを含めて総額1兆ドルを突破し、人類史上初の「トリリオネア」(兆万長者)となったのです。
IPOが大金持ちを生み出す仕組み
IPOはどうやって、富を生み出すのか?その仕組みを、SpaceX社を「分譲マンション」に置き換えて説明します。
SpaceX社の株式数(発行済み株式数)は130.8億株です。つまり、SpaceX社は、総戸数130.8億戸の分譲マンションと考えることができるのです。
創業者であるマスク氏は、自らの資金と経営手腕を駆使して、SpaceX社という分譲マンションを建設しました。SpaceX社は低コストの宇宙船打ち上げやスターリンクという衛星インターネットなどを展開していて、投資家から高い評価を受けています。最高の立地と最高の設備を誇り、将来の成長が期待される分譲マンションがSpaceX社であり、誰もが住みたくなる「超優良物件」だったのです。
しかしこの分譲マンション、これまでは買いたくても買えませんでした。SpaceX社の株は、マスク氏と従業員の他、限られた投資家が保有していて、一般には売り出されていなかったのです。大金持ちが資金力に任せて買おうとしても、売り物がなければどうにもなりません。また、未上場のため、証券市場で日々売買される株価もついていませんでした。
世界中の投資家が欲しがっていたこのSpaceX社の株が、ついに売り出されることになりました。これがIPOです。今回は130.8億株のうちの約6.4億株が売り出されました。
SpaceXは、新たな部屋に相当する株式を発行し、一般の投資家を新しい株主として迎え入れたことになり、追加発行分を含めて、発行された株式は約6億3,889万株だったというわけです。
売り出す際の価格である「公募価格」は、1株135ドルに決まりました。待ちに待った超優良物件の売り出しですから、投資家からの需要は売り出された株数を大きく上回り、希望どおりの株数を取得できない投資家も多く出ました。日本の投資家からの申込額は、実際の割当額の約2.8倍に達したと報じられています。
上場後も買い需要が集まり、初日の終値は160.95ドルと、公募価格の135ドルを約19%上回りました。公募価格で株を取得した投資家は、初日の終値ベースで約19%の含み益を得た計算になります。
しかし、その利益はマスク氏と従業員たちという、SpaceX社に最初から住んでいた人たちに比べればごくわずかといえるでしょう。従業員たちが保有する株にも未上場時点で一定の評価額はありましたが、IPOによって公開市場で株価がついたことで、その資産価値がより明確になりました。自分が「億ション」の所有者だったことを、改めて実感したというわけです。
IPOは「夢舞台」だが……
IPOによってSpaceXは、約857億ドル(1ドル=160円換算で約13兆7,000億円)を調達しました。これは過去最大規模で、この資金によって、SpaceX社はさらなる事業拡大が可能になったわけです。
「倉庫で始まった小さな会社が、史上最大のIPOで上場するとは信じられない」と、感慨深げに語ったマスク氏。
何もない場所に企業という建物を建て始め、投資家を魅了する素晴らしいものに仕上げて行くというのがベンチャー企業です。しかしながら、新たなビジネスを生み出すプロセスには多くの困難を伴い、厳しい審査をクリアしてIPOに到達できるのはごく一部なのです。
史上最大のIPOを実現させたSpaceX社ですが、ここはゴールではありません。IPO後、経営が上手く行かなければ、住民たちは逃げ出して株価は下落してゆきます。最悪の場合には、経営破綻して株は紙くずになり、超優良物件のマンションが、廃墟になってしまうことだってあるのです。
IPOはあくまでも第一歩で、その後は市場の厳しい目にさらされ続けます。SpaceX社も例外ではありません。IPO直後の6月16日には、201.80ドルまで上昇した株価は、1か月後の7月16日には131.11ドルにまで下落し、公募価格を割り込んでしまいました。これに伴って、社員食堂から何人かのミリオネアが消えてしまったのです。
「過大評価だったのでは?」という声も出始めるなど、IPOの熱狂は冷めつつあります。マスク氏とSpaceX社の従業員たち、そして投資家たちも、いつまでも夢見心地ではいられないのではないでしょうか。


