富士宮に暮らしながら、米作りの拠点は栃木へ。静岡県内の農山村を歩き、必要なら県外の生産者にも会いに行く。工藤夕貴さんが大切にしているのは、「地元だから」ではなく、信頼できる人や営みとの縁だ。地域を住所や産地で囲わず、自分の目で確かめ、関係を育て、ときには形を変える。各地での実践から見えてきた、工藤さん流の“地域とのつながり方”を聞いた。
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工藤夕貴さんプロフィール
1971年生まれ。東京都出身。1983年、芸能界デビュー。1991年、映画『戦争と青春』で日本アカデミー賞優秀主演女優賞などを受賞。並行し海外でも活動し、1999年に主演した映画『ヒマラヤ杉に降る雪』はアカデミー賞など多くの賞にノミネート。他に、NHK『真田太平記』、『山女日記』シリーズ、映画『SAYURI』、『ラッシューアワー3』など多数の作品に出演。帰国後は静岡県に広大な土地を購入し、俳優業の傍ら自然農法で農業を行っている。富士錦酒造での酒造りも約18年勤しみ、オーガニックレストラン「カフェ・ナチュレ」を経営。2024年には新曲『コモエスタ・ロスアンジェルス』をリリース。
静岡を歩くと、地域を支える「すごい人」がいる
―工藤さんは「ふじのくに美しく品格のある邑づくり」の推進委員として、静岡県内の農山村を訪ねてこられましたね。
工藤:毎年県内のいろいろな地域を回って、そこで暮らす方たちの話を聞いています。その地域で何を伝え、何を残していくべきなのか。将来につながる活動のどこが光っているのかを探していくような役目なんです。委員の活動で出会って今でもつながっている方もいます。だから私にとっては、住んでいる場所だけが「地域」ではなく、県内にもいろいろなコミュニティがあるという感覚ですね。
―特に印象に残っている地域はありますか?
工藤:いっぱいありますよ。伊豆・松崎町の石部の棚田もすごく良かったですし、とうもんの里も印象に残っています。とうもんの里では、女性たちが地域の物産品を販売したり、いろいろな活動をしているんです。
石部の棚田は、駿河湾を望む斜面に約370枚の田が連なる石積みの棚田。一度は4.2ヘクタールの棚田が耕作放棄されたものの、2000年から再生が始まり、現在は地域活性化の拠点として活用されている。
一方、掛川市・袋井市・磐田市にまたがる「とうもんの里」は、広大な田園地域が舞台。活動の核となるNPO法人とうもんの会では女性が中心的な役割を担い、農業体験や地域の食・文化を伝える活動を続けてきた。
―以前訪れた有東木(うとうぎ)も、また行きたいとおっしゃっていましたね。
工藤:有東木も良かったですね。わさび田はもちろん、昔から残る盆踊りがあるんです。歌も踊りもあって、「これは残していかなきゃいけないものだな」と思いました。ちゃんと習って、自分も踊ってみたいです。
有東木は、わさび栽培発祥の地とされる静岡市の山間集落。農林産物加工販売所「うつろぎ」では、地元のお母さんたちが地域の食材を使った料理や加工品を提供している。「有東木の盆踊り」は国指定重要無形民俗文化財で、地域で受け継がれている。
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有東木での意見交換会。委員会では収穫や保存食づくり体験などのほか、地元の方との意見交換も行っている
―静岡県内だけでも、地域によってかなり違いますか?
工藤:全然違います。静岡って長い県だから、「同じ県なの?」と思うくらい変化に富んでいるんです。茶草場農法が残るところもあれば、わさび田もあるし、奥大井のような「知る人ぞ知る」場所もある。本当に“ディープ静岡”。景色だけじゃなく、文化も深いんですよ。静岡には、まだ知られていない「埋もれた財宝」のような場所がたくさんあると思います。そういう場所を広く発信することで、地域の力になれたらいいですね。
続けるために、富士宮での米作りをやめた
―長年、富士宮で米作りをされていましたが、現在は栃木で作っているそうですね。
工藤:富士宮で一緒に米作りをしていた方の事情が変わって、同じ形を続けるのが難しくなったんです。無理にお願いするより、新しいご縁を探そうと。その後、自然農法で使う除草機をきっかけに栃木のコミュニティとつながり、今はそこで米作りをしています。
「富士宮で作る」ことにはこだわらなかった?
工藤:私は、そこに住んでいるからといって「そこでなきゃいけない」と考えすぎなくていいと思うんです。縁によって、どこにでも自分の行く場所はある。自分がやりたいことが変われば、関わるコミュニティも変わっていく。それも自然なことだと思っています。田んぼの時期は栃木へ愛犬とキャンピングカーで行って、まとまった期間泊まりながら作業します。朝起きてすぐ働いて、夜はお風呂に行って、車でご飯を作って寝る。それだけの生活なんですけど、私はそのシンプルさがすごく好きなんです。
「地元産」より、自分が納得できるものを
―そうした「場所に縛られない」という考え方は、富士宮市で運営されているカフェ・ナチュレの食材選びにも表れていますか?
工藤:そうですね。最初は静岡県産にこだわっていた時期もありました。でも、「静岡だから」という理由だけで選ぶより、自分たちが本当にいいと思えるものを使いたいんです。うちは農薬や肥料を使わず、添加物にも頼らないのが基本。自分たちだけで作りきれない野菜は、同じような考え方で作っている方から分けてもらいます。相手の顔が見えないと心配なので、実際に会いに行くこともあります。
たとえばオレンジジュースは、愛媛・宇和島まで、キーマカレーに使っている牛肉は宮崎までそれぞれ生産者さんに会いに足を運んでいます。近いかではなく、「この人なら」と思える方とのご縁を大切にしています。
―看板メニューのカレーにも、その考え方が詰まっていますね。
工藤:カレーは水を使わないんです。野菜から出る水分で作っていて、オーガニックのスパイスを使っています。オーガニックだからって「優しい味ですね」とまとめられたくないから、味にもこだわっています!
看板メニューのカレーは無加水。小麦粉や動物油脂も使わず、トマトや人参などの野菜から出る水分に、有機スパイス、有機トマトピューレ、有機オリーブオイルを合わせている。工藤さん曰く「めちゃくちゃ野菜が溶け込んでいる」からか、動物油脂を使っていないとは思えないほど深いコクと豊かな味わいが広がる。
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素揚げした野菜がトッピングされた「野菜カレー」(2,200円)。サラダにかかる人参ドレッシングは工藤さん考案のレシピで、人参の甘みで酸味はまろやかでおいしい
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スパイスが効いて男性に人気の「キーマカレー」(2,400円)
―そこまで材料にこだわると、レシピは企業秘密になりそうです。
工藤:うちは聞かれたら全部言いますよ(笑)。一からどう作っているか教えてもいい。だって、同じものはなかなか作れないと思うから。レシピだけじゃなくて、どんな材料を選ぶかが大事なんです。物価高のなかオーガニックのオリーブオイルもすごく値上がりしていますけど、だからといって違うものに替えてしまったら、ここまでやってきた意味がない。飲食店だけは新たに挑戦しようと思えないぐらい大変です(笑)。
―「地元のものを使う」ことよりも、「自分が納得できるものを出す」ことを優先している。
工藤:そうですね。自分の体に入れたくないものは、お客さんにも出さないというのが基本なんです。それが私にとってのお世話になった静岡の人たちへの還元の仕方かな。
「やめる」「小さくする」も、続けるための選択
―農業では、活動の規模を変えた経験もあるそうですね。
工藤:仕事と両立しながら広い畑を同じように続けようとして、一番大切な時期に十分に手をかけられず、うまく収穫できないことが続いた時期があったんです。そこで、「こんな姿勢でやっていたら、生き物にも失礼だな」と思って。心がちゃんとそこにないと、うまくいかないんだとわかりました。だから今は、大きな畑は休ませて、自分が向き合える範囲で続けています。
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広い畑で農作業に励んでいた頃の工藤さん。現在は無理なく向き合える範囲で農業を続けている
―地域で活動するというと、「始めたものは続けなければ」と考えがちです。
工藤:でも、喜びながらできなくなったら意味がないと思うんですよね。育てられないときは育てない。今の自分がちゃんと向き合える形に変える。それも大事だと思います。
約20年続くカフェは、「もらったものを返す場所」
―一方で、カフェ・ナチュレは約20年続いています。
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工藤さん自身で内装のレンガ張りなども手掛けたカフェ・ナチュレ
工藤:食については、自分自身が若い頃にその大切さに気づいて、人生が変わったと思っているんです。だから、自分が得たものを自分だけのものにするんじゃなくて、どうやって人に伝えていけるかという気持ちがずっとある。カフェはそのひとつなんですよね。
――食事を提供するだけでなく、「食について伝える場所」でもある?
工藤:そうですね。ずっとアンテナショップのような気持ちでやっています。全国で食について講演することもあるんですけど、大勢の方に向けた場では、私自身が実践していることをすべて同じようには話せないところもあるんです。私は「こういうものを食べています」という話はできます。でも、「私はこういうものは食べません」とか、特定の食品について踏み込んで話せば、いろいろな立場の方がいますから、受け止められ方も変わりますよね。だから、一般の講演ではそこまで話さないようにしています。
その点、店では自分たちが考えていることを、実際の料理として形にしている場所でもあります。以前はカフェで食についての講演をすることもありました。ここなら、自分たちが何を選び、どういう考えで料理を作っているのかまで含めて、じっくり話すことができるんです。
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カフェ・ナチュレでの講演風景
工藤:誰かに名前だけ貸してやってもらっているわけではなくて、最初から自分たちで作って、自分たちで続けてきた場所です。駅から遠いのに昔から来てくださるお客さんもいて。毎回レンタカーで来てくれる方もいるんです。ここで食べたものが家族との思い出になっていたりする。場所を続けているから残るご縁もあるんですよね。
―地域を大切にすることは、その土地の中だけですべてを完結させることではない。残したいものには力を貸し、信頼できる人とは距離を越えてつながり、続けられないものは形を変える。工藤さんの実践から見えてくるのは、そんな自由で持続可能な地域との関わり方お話でした。工藤さん、今日は本当にありがとうございました。
カフェ・ナチュレ
住所:静岡県富士宮市人穴346、電話:0544-52-1788、営業時間: 11:00~17:00、定休日: 火曜日・水曜日
文・取材:大熊静香(旅色編集部) 写真:入江達也
インタビュー前編:「つながろう」としすぎない。工藤夕貴が富士宮で育てた20年の関係

