新型コロナウイルスの流行を機に在宅勤務が広がり、通勤しない働き方が急激に一般化した。ところがここ数年は、社員に再び出社を求める「出社回帰」の動きが相次いでいる。では、会社は以前のように社員に対し、定期券代をまとめて支給しているのだろうか。実はそうとも限らず、通勤手当の支給方法を見直す動きが出てきている。
出社は増えても、毎日は会社へ行かない
コロナ感染が広がった2020年以降、自宅などで働く「テレワーク」が広がった。しかしここ数年、社員に出社を求める企業が相次いでいる。この動きは「出社回帰」と呼ばれている。
国内で代表的な事例が「LINEヤフー」だ。同社の前身であるヤフーは、働く場所を柔軟に選べる「どこでもオフィス」制度を早くから導入し、2020年にはリモートワークの回数制限も撤廃するなど、テレワークに積極的な会社として知られていた。また、統合前のLINEグループも、出社を前提としない働き方「LINE Hybrid Working Style」を2021年に開始した。
ところが、合併して発足したLINEヤフーでは、その方針を見直している。
同社は2026年4月1日、東京・港区に「赤坂オフィス」を開設したと発表し、あわせて出社を原則週3回へ段階的に増やすと明らかにした。それまでは部門に応じて週1回または月1回の出社だったが、その出社頻度を引き上げるかたちである。
フリマアプリを運営するメルカリにも、同じ動きがみられる。同社は2021年、社員がリモートワークか出社かを自由に選べ、フルリモートも可能とする制度を導入した。ところが現在は、オフィスでの対面のよさとリモートワークの柔軟さを組み合わせた働き方へと方針をあらため、週2日以上の出社を基本のルールとしている。
テレワーク実施者の8割が「つづけたい」
このように、会社の実情に合わせて再び社員に出社を求める動きも出てきている。ただし、出社回帰といっても、その多くは「毎日出社」まで戻っているわけではない。
パーソル総合研究所が2026年8月に発表した「テレワークに関する調査(2026)」によると、2026年7月時点の正社員のテレワーク実施率は21.4%だった。また、テレワークの頻度については1週間に1日未満が29.8%、1週間に1日程度が19.0%、1週間に2~3日程度が26.9%と2年連続で微減傾向がつづいている。2025年からの変化を直接たずねた質問では、「(テレワーク頻度は)減った」が32.7%だった。
さらに、会社から「原則出社の指示」が出ている人の割合は24.6%で、前年から1.8ポイント上昇した。この割合は2年連続で微増しており、企業規模別に見てもすべての企業規模で増加している。その一方、テレワーク実施者に今後のテレワーク希望についてたずねると、81.6%が「今後もつづけたい」と答えている。
つまり、出社を求める会社は増えているものの、テレワーク実施者の多くは今後もテレワークをつづけたいと考えている。実際、出社とテレワークを組み合わせた働き方も残っている。この「週に何日かだけ出社する」働き方の広がりが、通勤手当のしくみに影響を与えている。毎日出社を前提につくられてきた通勤手当の支払い方が、実情に合わなくなってきているのだ。
定期券代が割高になる時代
そもそも通勤手当は、会社が必ず支払わなければならないものではない。法律で支給が義務づけられているわけではなく、多くの会社が就業規則(賃金規程)にもとづき、賃金の一部として支払っているものだ。
厚生労働省の「令和7(2025)年就労条件総合調査」によると、2024年11月になんらかの手当を支給した企業のうち、通勤手当などを支給した企業の割合は90.2%にのぼる。つまり、ほとんどの会社が通勤手当を支払っているが、それは法律上の義務だからではなく、あくまで各社の判断によるものだ。だからこそ、働き方が変われば支給のしかたも見直しやすい。
通勤にかかる費用は、定期券代をもとに支給されるのが一般的だ。毎日鉄道で通勤するなら、定期券を使うほうが割安になることが多いためである。ところが、週に数日しか出社しない働き方が広がると、この前提が崩れる。
定期券は、同じ区間を一定回数以上利用すれば、乗るたびに運賃を払うより割安になるように設計されている。JR東日本の場合、幹線の6カ月通勤定期券の割引率は平均59.0%で、普通運賃で毎日乗りつづけた場合の4割ほどの値段で購入できる。
裏を返せば、この割安さは、定期券の区間をそれだけ頻繁に利用してこそ生きるものだ。出社する日数が少なければ、定期券を買うより、乗った日の運賃を1回ずつ払ったほうが安くなる。たとえば週3日未満の出社にとどまる場合、定期券代を支給すると、実際にかかる交通費よりも会社が多く払わなければならない可能性がある。
通勤手当のしくみは見直されている
こうした「定期券代の払いすぎ」を避ける動きは、実はコロナ禍の初期から始まっていた。先駆けとなったのが富士通である。同社は2020年7月、新しい働き方「Work Life Shift」を打ち出し、製造拠点や客先常駐者を除く約8万人の国内グループ従業員を、テレワーク勤務中心へと切り替えた。これにあわせて通勤定期券代の支給を廃止し、かわりに月額5,000円の在宅勤務の環境整備費用補助を支給することとした。
その後、出社回帰を経てハイブリッドな働き方が広がった今、通勤手当のしくみを見直す会社は珍しくない。
見直しの方向性としては、いくつか考えられる。ひとつは、定期券代の支給をやめ、出社した日数分の運賃を実費で支払う方法だ。実際にかかった分だけを支給するため、出社日数が少ない働き方では、定期券代を支給するよりも費用を抑えられる場合がある。
このほか、出社日数の多い社員には定期券代を、少ない社員には実費を支給するというように、出社頻度に応じて定期券代と実費精算を使い分ける方法も考えられる。厚生労働省が公開する資料でも、出勤見込み日数などをもとに、実費精算と通勤定期券を使い分ける規定例が紹介されている。
また、通勤手当の見直しとあわせて、在宅勤務にかかる費用を補助する方法も考えられる。先ほど紹介した富士通の事例も、そのひとつだ。
いずれの方法でも、会社はコストや社員の公平感、事務の手間などをふまえ、自社に合ったしくみを選ぶことになる。では、こうした見直しは、会社やそこで働く従業員にどのような影響をもたらすのだろうか。
制度変更が生む、見えにくい影響とは
通勤手当の支払い方を変えることは、単に「支給額が変わる」だけの話ではない。会社にとっても働く人にとっても、表からは見えにくい影響が生じる。
まず会社側で問題になるのが、事務の負担である。定期券代をまとめて支給していたころは、金額が決まっているため計算は比較的容易だった。ところが、出社した日数分だけを実費で払う方法に変えると、社員ごとに毎月の出社日数を数え、支給額を計算し直す必要が出てくる。
通勤経路と運賃の確認をどう行うかは会社によって異なり、最初に申請された内容をもとに毎月計算するところもあれば、毎月経路を申請させて確認するところもあるようだ。いずれにせよ、定期券代を渡していたころに比べ、処理する書類も、確認や計算の手間も増える。
さらに、社会保険料への影響もある。通勤手当は、税金の面では一定額まで非課税となる一方、社会保険では原則として報酬に含まれ、標準報酬月額の算定対象となる。ただし、テレワークを導入している場合、労働契約上の労務提供地や出社の位置づけによっては、実費で支給された交通費が「実費弁償」とされ、報酬に含まれないケースもある。
そのため、通勤手当の支給方法が変わることで標準報酬月額が変われば、社会保険料や将来の年金額に影響する可能性がある。ただし、実費で支給する交通費が社会保険上の「報酬」にあたるかどうかは、労働契約上の労務提供地などによって扱いが異なる。
一方で、実費精算にはよい面もある。定期券代を支給する方法では、社員が実際には定期券を買わず、支給されたお金との差額を手元に残す、という不正が起きる余地があった。出社した日数分だけを実費で払う方法なら、こうした不正は起こりにくくなる。
働く人の受け止め方もさまざまだ。遠くから通う人は、これまで定期券代として比較的まとまった額を受け取っていたため、実費精算に変わると受け取る額が減ったと感じやすい。逆に、近くに住む人はもともと通勤手当が少ないため、影響も小さい。
また、定期券代のころは毎月一定だった通勤手当が、実費精算では出社日数によって毎月変わることになる。会社がどの方法をとるかは、働く人にとって無関係ではない。
このように、通勤手当の見直しは、会社の事務負担や社会保険料、不正の起こりにくさ、そして、従業員が受け取る金額にまで関わってくる。
通勤手当の支給はなくならないが、形を変える
こうした通勤手当の見直しを、さらに後押ししそうな動きがある。近年、全国で相次ぐ鉄道運賃の値上げだ。たとえばJR東日本は2026年3月14日に運賃改定を実施し、通勤定期は平均で12.0%引き上げられた。同社における運賃改定は、消費税率の改定などを除き、会社発足以降はじめてのことだという。
通勤にかかる費用が上がったことで、会社にとっても働く人にとっても、通勤手当のしくみを見直す必要性はいっそう高まっているといえる。
出社を求める会社が増える一方、出社とテレワークを組み合わせる企業もみられる。こうしたなかで、毎日出社を前提にした定期券代の支給は実態に合わなくなり、出社した日数分だけを払う実費精算などへの切り替えが進むと考えられる。
とはいえ、通勤手当そのものが一律になくなるとは考えにくい。在宅勤務手当に切り替える一部の企業を除けば、多くの企業では、会社が通勤にかかる費用を支払うこと自体はこれからもつづくだろう。変わるのは、その支払い方のほうだ。
働く場所を自由に選べることと、費用負担の公平さ。その両立をどう図るかは、会社ごとに答えが分かれるだろう。たしかなのは、「毎日出社が当たり前」という前提が崩れたいま、通勤手当のあり方もまた、問い直しを迫られているということだ。
■参考
LINEヤフー、「LINEヤフー Working Style」をアップデート
LINEグループ、新しい働き方「LINE Hybrid Working Style」を開始
メルカリ、多様な働き方を尊重した 「メルカリ・ニューノーマル・ワークスタイル “YOUR CHOICE”」の導入を開始
富士通:ニューノーマルにおける新たな働き方「Work Life Shift」を推進
交通費など通勤手当の不正受給が発覚した場合に会社がとるべき対応は?


