2026年2月末、米国とイスラエルによるイランへの攻撃をきっかけに、中東情勢が緊迫化しました。これに対してイランも報復攻撃を行い、3月にはホルムズ海峡が事実上閉鎖され、中東から日本などへ石油を運ぶ重要な海上輸送ルートが使いにくくなり、世界のエネルギー市場にも大きな影響が出ています。

ホルムズ海峡の封鎖によって原油価格が上昇し、日本の石油業界にも影響が及んでいます。しかも、問題は原油だけにとどまりません。話題となった「ナフサ」に関しては、資源エネルギー庁は2026年6月時点で、中東以外からのナフサ代替調達などにより、ナフサ由来の化学製品について年を越えて供給を継続できる見込みを示していますが、石油・石油化学業界にとっては、まだ楽観視できない状況が続いています。

そこで今回は、石油・石油化学業界の現状やナフサの調達リスク、今後の価格動向について、早稲田大学教授の松方正彦さんに話を聞きました。

(このインタビューは2026年8月18日に行われました)

早稲田大学教授 松方正彦さん

ホルムズ海峡封鎖で日本の石油業界に何が起きた?

ホルムズ海峡が封鎖されると、まず心配になるのは、日本に必要な原油をこれまでどおり確保できるのかということです。

しかし、松方さんによると、現時点で「原油そのものが足りない」という状況にはなっていません。なぜなら、日本には、オイルショックをきっかけに整備された国家備蓄があります。さらに、原油の調達先も中東だけではありません。そのため、ホルムズ海峡からの輸送が滞ったとしても、備蓄を取り崩したり、中東以外から調達したりすることで、原油がすぐに途絶えるわけではないといいます。

一方で、今回の問題で大きな負担となるのが、原油の調達コストです。日本はこれまで、産地からの距離が近く、比較的安く調達できる中東産原油を利用してきました。ホルムズ海峡を避けて別のルートや調達先に切り替えれば、それだけ輸送などにかかる費用も増えます。松方さんは「今回の問題は、原油が突然なくなるという単純な供給不足だけではありません。原油を確保できたとしても、これまでより高いコストを負担しなければならないことが、日本の石油業界にとって大きな問題になっているのです」と指摘します。

なぜ日本は中東産原油への依存度が高い?

では、そもそもなぜ日本は中東産原油に依存してきたのでしょうか。

松方さんは、その理由として「安さ」と「使いやすさ」の2つを挙げます。

先述した通り、中東の原油は掘削コストが低く、さらに日本までの距離も比較的短いため、輸送コストを抑えやすいという特徴があります。また、日本で需要の大きい灯油などになる成分を比較的多く含んでいることも、調達先として選ばれてきた理由です。

松方さんは、他地域からの調達は可能なものの、コストの上昇は避けられないと指摘します。「実際、オイルショック後には中東への依存度を下げる取り組みも行われました。しかし、経済合理性から、その後は再び中東への依存度が高まった経緯があります。今回も調達先の多角化が進む可能性がありますが、安価な中東産原油から切り替えるには、社会全体でコスト上昇を受け入れる必要があります」

原油の備蓄があっても「ナフサ不足」が起きる可能性がある理由

今回の問題を考えるうえで、原油とともに注目したいのがナフサです。

ナフサは原油を精製すると取り出される石油製品の一つで、石油化学製品を作るための重要な原料です。

日本には原油の国家備蓄がありますが、ナフサそのものを十分に備蓄しているわけではありません。さらに、経済産業省の資料によると、2024年のナフサ調達量のうち国産は約4割で、残りは海外からの輸入に頼っています。

ここで重要なのが、原油とナフサでは調達の仕組みが違うという点です。

原油はターム契約(長期契約)などで一定量を確保する一方、ナフサはスポット取引で調達する比重が大きいと松方さんは説明します。つまり、原油はあらかじめ契約を結んで調達するのに対し、ナフサはその時々の市場から必要な分を購入する形です。そのため、ナフサは供給ルートが途切れた場合、代わりの調達先をすぐに確保できるとは限りません。日本ではナフサの必要量の4割程度しか国内で賄えないため、海外からの供給が滞ると不足につながる可能性があります。

では、ナフサが不足すると、私たちの暮らしにはどのような影響が及ぶのでしょうか。

ナフサは、石油化学工場でエチレンやプロピレンなどの基礎化学品に加工され、そこからプラスチックや合成ゴム、溶剤など、さまざまな化学製品が作られます。さらに、それらは自動車や家電・電子機器、建設資材、医療用品、日用品など、幅広い製品に使われています。つまり、ナフサは私たちが普段意識していないところで、さまざまな製品の原料として使われているのです。

そのため、松方さんは「ナフサから作られる化学品が不足すれば、その先で製品を作るメーカーにも影響が及び、さらに部品や材料を供給する企業にも波及します。自動車や家電・電子機器など幅広い製品の生産に影響が及び、最終的には、私たちが普段使っている製品の価格や供給にも影響が及ぶことになります」と指摘します。

ホルムズ海峡が開いても、原油価格はすぐに落ち着かない?

では、ホルムズ海峡の問題が収束すれば、原油やナフサの価格もすぐに元の水準に戻るのでしょうか。

それに対して、松方さんは、慎重な見方を示します。「湾岸地域の石油精製設備などがダメージを受けた場合、復旧には半年から1年ほどかかる可能性があります。仮に大きな規模でホルムズ海峡が開いたとしても、『はい、どうぞ』とすぐに石油が出てくるわけじゃありません。また、日本が中東以外からの調達を増やして供給リスクを分散すれば、それだけ調達コストも上昇します。中東産原油は価格や輸送面で優位性があるため、調達先を多角化すると、これまでより高いコストを負担する可能性があります」

こうした点を踏まえると、今回の問題はホルムズ海峡が開通すればすべて解決するというものではなく、供給網の復旧や調達先の見直しなどを含め、影響がしばらく続く可能性があります。

石油に依存する日本経済の最大の弱点とは?

今回の事態を受けて改めて浮かび上がったのが、日本経済が石油に大きく依存しているという構造的な問題です。中東への依存度を下げることは重要ですが、過去にも同じ取り組みを行ったものの、経済合理性から再び依存度が高まった経緯があります。松方さんは、調達先の多角化は正しい戦略だとしながらも、「コストが高くなる」ということを国民が受け入れる必要があると指摘します。

ただ、価格上昇の負担を補助金で抑えればよいというわけでもありません。目先の価格を抑えることを優先すると、石油に代わる新しい技術が育ちにくくなるからです。2026年9月時点で政府が行っているガソリン価格への補助についても、松方さんは問題があると指摘します。「ガソリンの価格を補助金で安く抑えると、原油よりコストの高いバイオマスやCO₂回収などを利用した新しい燃料は、価格面で太刀打ちできません。これでは、せっかく新しい技術があっても、いつまでたっても普及しません。補助金で既存の燃料を安くするのではなく、新しい技術の開発や初期投資を支援し、最終的には補助金がなくても成り立つ産業に育てていくことが必要です」

石油会社・石油化学会社の業績は? 投資家が見るべきポイント

原料価格の上昇は、石油会社や石油化学会社の業績を圧迫します。原料が高くなっても、その分を製品価格に上乗せできるとは限らないためです。原料価格の上昇に加え、コストを製品価格に十分転嫁できなければ、石油会社や石油化学会社の収益は圧迫されます。松方さんも、業績の先行きについては厳しい見方を示します。

「今回の対応では業界の多くの企業が、多額の資金を調達しているため、その返済が大きな負担になります。借入金を返済し、財務体質を立て直すまで、株価が本格的に回復するのは難しいでしょう」。一方で、今回の危機をきっかけに、石油に依存しない事業へ転換できれば、それが新たな成長材料になる可能性もあります。松方さんが注目するのが、気候変動対策の技術を持つ「クライメートテック」への投資やM&Aです。

日本企業はクライメートテックを成長機会にできるか

石油会社や石油化学会社が今後の成長を目指すうえで、石油に依存しない事業への転換も重要になります。そこで注目されるのが、気候変動対策の技術を指す「クライメートテック」です。

松方さんは、日本の技術開発は欧米や中国に比べて遅れていると指摘します。一方で、世界的に景気が低迷し、クライメートテックへの投資が細っている今は、日本企業が海外の有望なスタートアップを取り込む好機でもあるといいます。

「こういう世界的にリセッションになっているときに、今までなかなかそういう動きについていけなかった日本の産業界が、今、追いつけ、追い越せをする実は大チャンスだと思うんです。」

自社でゼロから技術を開発するだけでなく、すでに技術を持つ企業への投資やM&Aによって、新しい事業を取り込む方法もあります。石油価格の上昇を単なるコスト増として捉えるのではなく、石油に依存しない事業へ転換する機会と捉えられるか。そこが、石油会社や石油化学会社の今後を左右するポイントになりそうです。

※本記事は情報提供を⽬的としたものであり、特定の⾦融商品の売買を勧誘・推奨するものではありません。投資は元本割れのリスクがあります。投資判断はご⾃⾝の責任でお願いします。