老後資金づくりのために、iDeCo(個人型確定拠出年金)を活用している人は多いでしょう。iDeCoは、掛金が全額所得控除の対象となり、運用益も非課税になるなど、積み立てている間の税制優遇はよく知られています。しかし、意外と見落とされがちなのが「受け取るときの税金」です。
iDeCoの受取方法には「一時金」「年金」があり、金融機関によっては「一時金と年金の併用」も選べます。どの方法を選ぶかによって、同じ金額を受け取っても税負担が変わる可能性があります。
さらに、2026年からは退職所得控除に関するルールも変更されています。
自分にとって有利な受取方法はどれなのか。会社の退職金や公的年金まで含めて、iDeCoの「出口戦略」を今から考えておきましょう。
iDeCoの3つの受取方法
iDeCoの老齢給付金は原則、60歳から75歳までの間に受け取ることができます。
受取方法には次の3つがあります。
1. 一時金として一括で受け取る
2. 年金として分割して受け取る
3. 一時金と年金を組み合わせて受け取る
iDeCoを年金で受け取る場合は、原則として5年以上20年以下の期間で有期年金として受け取ります。一時金と年金の組み合わせなど、具体的な受取方法は金融機関によって異なります。
一時金で受け取る場合は「退職所得控除」、年金で受け取る場合は「公的年金等控除」が適用されます。この違いがどちらがお得かを考える大きなポイントになります。
iDeCoを一時金で受け取ると「退職所得」になる
iDeCoを一時金で受け取る場合は「退職所得」として扱われます。退職所得は次の計算式で求めます。
退職所得=(収入金額-退職所得控除額)×1/2
退職所得控除額は勤続年数によって計算方法が異なります。
<勤続年数20年以下>
・40万円×勤続年数(最低80万円)
<勤続年数20年超>
・800万円+70万円×(勤続年数-20年)
※1年未満の端数がある場合は1年に切り上げて計算
iDeCoの場合、基本的には掛金を拠出した期間が勤続年数にあたります。
たとえば、iDeCoの老齢給付金が1,000万円で、掛金を拠出した期間が20年の場合、
40万円×20年=800万円
退職所得控除額は800万円になります。
これをもとに退職所得を計算すると、
(1,000万円-800万円)×1/2=100万円
退職所得は100万円になり、これに対して、所得税と住民税がかかります。
会社の退職金がある人は要注意
iDeCoだけで、ほかに退職所得がなければ、一時金で受け取ることは有効です。しかし、iDeCoのほかに会社の退職金がある場合は注意が必要です。
両方を同じ年に受け取ってしまうと、それぞれの金額を合算して退職所得が計算されます。両方を合計しても退職所得控除額に収まれば問題ありませんが、iDeCoの一時金や退職金が多い場合は、退職所得控除額を超えることで、税負担が大きくなります。
退職所得控除のルールが変更に
それならば、「iDeCoの一時金と退職金を受け取る時期をずらせば問題ないのでは?」と思われるかもしれません。しかし、これにもルールがあります。
たとえば、先に退職金を受け取って、あとからiDeCoを一時金で受け取る場合は、iDeCoの受け取りの「前年以前19年間」に一時金で受け取った退職金は調整の対象となります。つまり20年以上あけないと、再度、退職所得控除をフルで使えないということです。
一方、先にiDeCoの一時金を受け取り、あとから会社の退職金を受け取る場合は、別のルールになります。これまでは原則として、退職金を受け取る年の「前年以前4年間」に受け取ったiDeCoの一時金が調整の対象でした。しかし、2025年度の税制改正により、2026年1月1日以降に受け取るiDeCoの一時金については、この期間が「前年以前9年間」に延長されました。
つまり、従来は5年以上あければ重複期間の調整を避けられましたが、今後は10年以上あける必要があります。
<受け取る順番による退職所得控除をフルに使うための目安>
・iDeCo → 会社の退職金:10年以上あける
・会社の退職金 → iDeCo:20年以上あける
iDeCoを年金受け取りにする場合も注意が必要
iDeCoを年金で受け取る場合は、「公的年金等控除」が適用されます。この場合、国民年金や厚生年金、企業年金などと合算して税額が計算されます。
公的年金等控除額は年齢や収入金額によって異なり、65歳以上の場合は公的年金等の収入金額が110万円までであれば課税されません(公的年金等に係る雑所得以外の合計所得金額が1,000万円以下の場合)。
これまで公的年金等控除の範囲内で課税されなかった人も、iDeCoを年金で受け取ることによって、税金や社会保険料の負担が増える可能性もあるので注意しましょう。
医療費の自己負担割合が上がる可能性も
年金収入が増えることで、もう一つ注意したいのが、医療費の自己負担割合です。
70歳以上75歳未満では原則2割、75歳以上では原則1割です。ただし、70歳以上75歳未満で一定以上の所得がある人は3割となり、75歳以上では所得に応じて2割または3割になります。
介護保険サービスを受けたときの自己負担割合も、原則1割負担が、65歳以上で一定以上の所得がある人は2割または3割に上がります。
高齢になると医療や介護サービスを利用する機会が増えてくるので、自己負担割合が増えるのは税金が増える以上に家計にダメージを与える可能性があります。
一時金と年金、受取方法で税負担はどう変わる?
次のケースでは、一時金受け取りと年金受け取りで税負担はどう変わるのかシミュレーションしてみましょう。
<前提条件>
・会社の退職金:2,000万円
・会社員としての勤続年数:38年間(22歳から60歳まで)
・iDeCoの資産:1,000万円
・iDeCoの加入期間:20年間(40歳から60歳まで)
・iDeCoの掛金拠出期間は、会社の勤続期間にすべて含まれるものとする
・65歳以降の公的年金:年200万円
・iDeCoを年金にする場合:10年間で年100万円ずつ受給
・ほかの所得はないものとする
<税額計算>
・所得税には復興特別所得税2.1%を加え、退職所得に係る住民税は原則10%で計算
一時金で受け取る場合
【ケース1】iDeCoを60歳から受け取り、会社の退職金を65歳で受け取るケース
まず60歳でiDeCo1,000万円を受け取ります。
退職所得控除は、40万円×20年=800万円
課税退職所得は、(1,000万円-800万円)×1/2=100万円
所得税・復興特別所得税は約5.1万円+住民税10万円で、税額は約15.1万円です。
次に65歳で受け取る会社の退職金です。
60歳で受け取ったiDeCoは「前年以前9年間」に入るため、2026年以降の10年ルールの対象になります。20年間の重複期間に対応する800万円が調整されるので、
会社の退職金に係る退職所得控除
800万円+70万円×(38年-20年)=2,060万円
調整された退職所得控除
2,060万円-800万円=1,260万円
したがって、
(2,000万円-1,260万円)×1/2
=課税退職所得370万円
となります。
所得税・復興特別所得税は約31.9万円+住民税37万円で、退職金にかかる税金は約68.9万円です。
iDeCoと合わせて約84万円となります。
【ケース2】iDeCoを60歳から受け取り、会社の退職金を70歳で受け取るケース
この場合は、10年経過しているため、退職所得控除を別々に使うことができます。
iDeCo1,000万円に対する課税退職所得は100万円となり、税額は約15.1万円です。
会社の退職金に対しても退職所得控除2,060万円をフルに使えるため、課税退職所得はゼロになり、税負担はありません。
そのため、合計税額は約15.1万円です。
【ケース3】会社の退職金を60歳で受け取り、iDeCoを70歳で受け取るケース
iDeCoを後から受け取る場合は「前年以前19年間」の退職金を見るので、10年あけても60歳の会社の退職金は対象になります。
ただし、会社の退職金2,000万円は、本来の退職所得控除額2,060万円を下回るため、税法上のルールに従い、前の勤続期間を短縮して重複期間を計算します。
今回のケースでは、短縮後の勤続期間は37年間となり、iDeCoの掛金拠出期間20年間との重複期間は19年間になります。
このため、iDeCoの退職所得控除額800万円から、重複期間19年間に対応する760万円を差し引くと40万円となりますが、最低控除額80万円が適用されます。
したがって、
(1,000万円-80万円)×1/2=460万円
が課税退職所得となります。
所得税・復興特別所得税は約50.3万円、住民税は46万円なので、税額は約96.3万円です。
| iDeCo一時金と退職金の受け取り方による税額比較 | |||
|---|---|---|---|
| 受け取り方 | iDeCoの税額 | 退職金の税額 | 合計税額 |
| 60歳iDeCo → 65歳退職金 | 約15.1万円 | 約68.9万円 | 約84万円 |
| 60歳iDeCo → 70歳退職金 | 約15.1万円 | 0円 | 約15.1万円 |
| 60歳退職金 → 70歳iDeCo | 約96.3万円 | 0円 | 約96.3万円 |
| 筆者試算 ※退職金の受取時期による税負担の違いを比較するため、会社の退職金は各ケースで設定した年齢が税法上の収入すべき時期となるものと仮定しています。実際の課税年分は、退職金の支給条件などによって異なります。 |
|||
年金で受け取る場合
iDeCo1,000万円を年100万円ずつ10年間受け取るケースを考えてみましょう。
65歳以上で公的年金が年200万円あるとすると、iDeCoを合わせた公的年金等の収入は300万円です。
65歳以上で、公的年金等以外の所得が1,000万円以下の場合、この収入水準の公的年金等控除は110万円です。
300万円-110万円=190万円
190万円が公的年金等に係る雑所得となります。つまり、iDeCoから100万円受け取ったことで、公的年金等に係る雑所得は90万円から190万円へ100万円増えることになります。
また、雑所得は退職所得とは違い、総合課税となるので、ここから基礎控除や社会保険料控除などを差し引いて所得税・住民税を計算します。
2026年の税制をもとに、所得税は基礎控除104万円、住民税は基礎控除43万円を適用し、その他の所得控除を考慮せずに簡易試算すると、所得税・住民税の負担は年間約14.4万円増える計算です。
所得が増えることによって税金だけでなく、国民健康保険料や後期高齢者医療保険料、介護保険料などが増える可能性もあります。
このように、年金方式については所得税だけで「得か損か」を判断しないほうがよいでしょう。
一時金と年金の「併用」が有利なケースも
iDeCoの受取方法は、一時金か年金のどちらか一方を選ぶだけでなく、両方を組み合わせる方法もあります。
iDeCoの1,000万円のうち、退職所得控除を有効に使える金額までは一時金として受け取り、控除を超える部分を年金として受け取ることで、税負担を抑えられる可能性もあります。
※一時金と年金を併用できるかどうかや、その割合などの条件は金融機関によって異なります。
iDeCoの受取方法を考える際には、会社の退職金の金額や受取時期、適用できる退職所得控除の額、公的年金の受給額などを確認しておくことが重要です。こうした具体的な情報をもとにシミュレーションすれば、自分にとって最適なiDeCoの受取方法が見えてくるでしょう。
現状は一時金で受け取る人が圧倒的に多い
厚生労働省が公表した「確定拠出年金統計資料(2025年3月末)」によると、iDeCoの老齢給付金の新規受給者のうち、約87%が一時金のみでの受け取りを選択しています。一方、年金のみで受け取る人は約10%、一時金と年金を併用する人は約2.5%にとどまり、一時金での受け取りが圧倒的に多いのが現状です。
| 受取方法 | 人数 | 割合 |
|---|---|---|
| 一時金のみ | 37,493人 | 約87.1% |
| 年金のみ | 4,486人 | 約10.4% |
| 一時金・年金併給 | 1,064人 | 約2.5% |
| 出所:厚生労働省「確定拠出年金統計資料(2025年3月末)」をもとに筆者作成 ※公表資料では一時金と年金の併用者がそれぞれの区分に重複計上されているため、重複を除いて集計しています。 |
||
一時金で受け取る人が多い理由の一つとして考えられるのが、退職所得控除による税制上の優遇です。加入期間が長ければ控除額も大きくなるため、税負担を抑えられる場合があります。
一方、年金で受け取る場合は、公的年金と合算して税額が計算されるため、所得税や住民税の負担が増える可能性があります。また、所得の増加によって、社会保険料や医療・介護サービスの自己負担額に影響する場合もあります。
ただし、実際に一時金を選んだ人が、こうした税制上の違いを理解したうえで判断しているかどうかはわかりません。また、2026年からは退職所得控除に関するルールも変更されており、会社の退職金とiDeCoの受取時期によっては、十分に控除を受けられないケースもあります。
多くの人が選んでいるからといって、一時金が必ずしも有利とは限りません。会社の退職金や公的年金を「いつ、いくら受け取るのか」によって、税負担は大きく変わります。
また、税金だけでなく、社会保険料や医療・介護サービスの自己負担割合への影響も考える必要があります。
いざ受け取る時期になって慌てないためにも、退職金や公的年金の見込額を確認しながら、自分にとって有利なiDeCoの受取方法を早めに考えておきましょう。
※本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の税務・投資判断は専門家にご相談ください。特定の金融商品の勧誘を目的とするものではありません。
