鰻・タレ・ご飯。“三方良し”の理想的なうな重
さて、いざお待ちかねのうな重が目の前に運ばれてきました。
蓋を開けた瞬間、馥郁たる鰻の香りとともに、表面に一切の焦げがなく、美しい飴色に焼き上がった鰻の見目麗しい姿が目に飛び込んできます。思わず笑みがこぼれます。
表面(腹側)はもちろんですが、注目すべきは、実はご飯と接地する裏側の皮部分です。皮と皮下までしっかり焼き切ってあるかどうかが大切です。焼き方が甘いと、食べたときに皮のコラーゲンのニュルッとした食感が残ってしまい、これが嫌な後味につながります。その点、「はし本」の鰻は完璧に近い焼きの技術が生きています。
うな重は、鰻だけがおいしくても成立しません。鰻・タレ・ご飯のバランスが何より大切な料理です。
こちらのタレは甘すぎず辛すぎず、鰻の脂を受け止めながら、味を濃くしすぎない。ご飯への染み具合までピタリと決まった見事な逸品。 少し硬めに炊かれたご飯。これがまた良い。鰻が柔らかいから、ご飯まで柔らかいと全体の印象がぼやけるし、タレも染みすぎてしまう。だから、柔らかいご飯ではダメなのです。
鰻のふんわりした食感、ほどよく硬めのご飯、そして適度に染みたタレ―― 鰻良し、タレ良し、ご飯良し。これほど“三方良し”のうな重には、日本広しと言えどもなかなかお目にかかれるものではありません。
うな重と共に供される肝吸いもお見事。うな重の味を邪魔しない淡い味わいで、口の中を適度にリセットしてくれる。こういう脇役まできちんと仕事をしているから、「はし本」のうな重は逸品の名にふさわしいのです。
うな重は「どう食べるか」まで面白い
さて、うな重の楽しさの一つは、どう食べるかを自分で組み立てられるところ。僕はうな重の食べ方を日夜じっくり研究していますが、その組み合わせは少なくとも30通り以上はあると思っています。
例えば、鰻だけ食べる、ご飯と一緒に食べる。身側から食べる、皮側から食べる。頭のほうから食べる、尾のほうから食べる。山椒をかける、かけない。かけるにしても、どこに山椒をかけるのか……。
こうやって考えると、かなりのバリエーションがあることがわかると思います。うな重を端のほうから漫然と食べるのは、非常にもったいない。
自分で順番と組み立てを決め、味わい方を工夫する。そうすると、同じ一杯でも、実にさまざまな表情を見せてくれるのが、うな重という料理なのです。
今回の僕の食べ方で言えば、最初に頭側の身を口に運び、その味を堪能したところで、すかさずご飯を追いかけさせる。次に尻尾部分を箸で取り、最も濃い味を楽しむ、といった具合。ちなみに、鰻はよく動く尻尾付近の身のほうが味が濃い。ご存知でしたか?
段取りを考えてこそ“勝ち飯ランチ”になる
うな重一つ食べるのに、ずいぶん細かいことを考えるんだな、とお思いの読者もいらっしゃるかもしれません。しかし、これこそが、“勝ち飯”としてうな重を選んだ理由の一つでもあるのです。
ビジネスも同じですよね。何のタスクから先に手を付けるのか。どこに力を入れ、最後にどう仕上げるのか。漫然と仕事に向かっていては、良い成果は得られません。
うな重だって、ただ目の前にあるものを順番に口へ運べばいいわけではない。どう食べれば一番おいしくなるかを考えながら、自分で組み立てていく。そこで発揮した観察力や段取り力は、きっと午後の仕事や商談にもいきると思います。
『はし本』の店頭には、「鰻 これ くふうて やく のむな」という看板が掲げられています。これは「鰻を食べて精をつけ、しっかり養生すれば薬を飲む必要などなくなる」という、店の創業理念。
この言葉通り、うな重を食べて疲れが吹き飛び、体中にパワーがチャージされたことでしょう。午後イチの商談、頑張ってください!
コラム①|天然鰻と養殖鰻、どちらがおいしい?
昨今、何かと“天然もの”をありがたがる風潮がありますが、鰻の場合、天然だから良い、養殖だから悪い、とは単純には言えません。天然鰻は確かに希少ではありますが、育った環境や食べたものによって、香りも味も身の硬さも千差万別です。一方、養殖鰻は味や食感が安定しやすいのが魅力。どちらが上ということではなく、その鰻をどう料理するかが大切になってきます。
コラム②|鰻屋は江戸時代の「逢引の場所」だった?
江戸時代の鰻屋には、ちょっと意外な役割もありました。鰻は注文を受けてから捌いて焼くため、料理が出てくるまでに時間がかかった。しかも、当時の鰻屋には個室や離れがあり、逢引の場として利用されたという逸話があります。注文してから料理を待つ時間と、二人きりで過ごせる空間。その組み合わせから生まれた、江戸のちょっと粋な食文化です。
八重洲 鰻 はし本
住所:東京都中央区八重洲1-5-10 TEL:050-1808-6166 営業時間:11:00~14:30(フード13:30L.O.、ドリンク14:00L.O.)、17:00~21:00(フード19:45L.O. ドリンク20:00L.O.) 定休日:日・祝
※第 2・第4土曜のみ営業。11:30~15:00(フード14時L.O. ドリンク14時半L.O.) ※営業時間は2026年8月取材時点のもの
⚫︎プロフィール
マッキー牧元 |1955年東京出身。立教大学卒。㈱味の手帖 取締役編集顧問、タベアルキスト、食ジャーナリスト。年間外食数600食。全国・世界中を日々飲み食べ歩き、雑誌、Web、ラジオ、テレビなどでリポートする。
取材・文/田代智久 写真/橋本真美 編集/食楽編集部





