「自ら選ぶ」経験を重ねて、自分の本心と出会う。
とはいえ、本心を明らかにするのは簡単ではない。外の世界に適応しようと努力してきた人ほど、望みを心の奥にしまい込んでいるからだ。畑中さん自身もその過程を歩んできた。
「私はもともと勉強や仕事、旅行などには時間やお金をかけていました。一方、美容やファッションに時間やお金を使うことに、どこか抵抗がありました。コンプレックスもあったし、『人前に出るわけでもないのに美容にお金をかける必要ある?』『そんなおしゃれな服、私では着こなせないでしょう?』といった自分を制限するような頭の中の声もありました。でも、コーチングを受けたり学んだりする中で、私の中にも「美しく素敵でありたい」という思いがあることに気付いたんです。そして、そうやって “願う” こと自体は私の自由なんだって」
現実的ではない。お金にもならない。普通がいちばん。そうやって覆い隠してきた本心に目を向け、「きれいになりたいと思ったっていい」と自分に許可を出してみた。そのとき、自分を認めてあげられた感じがしたのだそう。
「価値観とは思いのほか感覚的なもので、想像するだけではつかみづらい。実際にアクションを起こし、やりたいことを体験すると元気が出たり気分がよくなったりする。そういう感覚を知ることが、自分らしさを理解するうえで頼りになるんです」
では、具体的に何から始めればいいのか。畑中さんの答えはシンプルだ。
「迷ったら、ワクワクする方を選んでみましょう。最初は小さなことでいいんです。ランチのとき、本当に食べたいものを選ぶ。観たい映画を観に行く。話してみたいな、と思う人に連絡を取ってみる」
世の中にある「正解」に照準を合わせるのをやめ、「私」の側に軸を置いて選択するたび、自分が何を好み、何を大切にしているのかがひとつずつ確かめられていく。
「ささやかなことでも、心に沿った選択を重ねるうち『これが私らしい』という感覚が戻ってきます。また、行動していると『こんなことをしたら変かも』『嫌われるのでは』のように思っていたことが、実際はそうならなかった、むしろやってよかった、という経験にも出合うはず。それが積み重なると、思い込みや自己制限も手放せるようになっていきます」
一歩踏み出すほどに、エネルギーが戻ってくる。
「こうあるべき」がひとつずつ外れて、その下にあった自分の輪郭を感じ取れるようになると、より自然体で生きられるようになっていく。
「周囲の承認を求めている状態では、この人にはこう、あの人にはこう、と他人の正解に合わせて自分を絶えず調整することに多くのエネルギーを費やしています。でも、自分が大切にしている価値観が分かってくると、心身にも時間にも余裕が生まれてくるんです」
必要だと思うことに力を注ぎ、そうでないことにはほどよく肩の力を抜けるようになる。これは、自分勝手に振る舞うという意味ではない。「こうあるべき、に縛られなくてもいい」と認識することだ。畑中さんによると、そうやって楽になる反面、起こせるインパクトは以前よりも大きくなるのだという。
「自分を制限していた『こうあるべき』というバイアスは、当然他人にも向けられています。それを手放すことで社会や人の見え方が変わり、人との交流がいままでより生き生きすると思うんです。また、自分にとって本当に必要なことにエネルギーを注ぐようになり、自分自身が満たされていくと、人生が面白くなり、ご機嫌に過ごせるようになります。おのずと周囲に人が集まってくるんです」
人生とは自分のアール・ドゥ・ヴィーヴルを見つける旅。
心が動くのは、ワクワクするときだけではない。怒りや寂しさなどのネガティブな感情が心を揺さぶることもある。だが、「そういう場面は私たちにとって“美学の宝庫” 」と畑中さんは言う。
「たとえば『怒り』が湧くのは、大事なものが踏みにじられる感じがするから。何にそんなに腹が立つのか掘り下げていくと、大切にしているものがはっきり見えてきます。『悔しい』という気持ちの奥にも、本当はこうしたかった、もっとできたはず、という思いがありますよね」
怒りは、譲れないものがそこにある合図。悔しさは、それだけ自分にとって大事なものがあったという知らせ。心の奥の「大切な価値観」が、負の感情の形で表に出てこようとしているのだ。見たくない感情も、過去への後悔も、紛れもなく私たちの一部だ。
「恩師であるコーチから『人生に無駄なものなんてひとつもない』と言われたことがあります。うれしかったこと、辛かったこと、これまでの経験すべてがいまの私を形作っているし、それが自分を支えてくれてもいる。だから、そう生きてきた自分をまずは認めてあげてほしい。そのうえで、『私がいま欲するものは何だろう』と、自分自身のよき聴き手になってあげてほしいんです」
本心に開かれた自分で、いろいろなところに出かけ、いろいろな人やものと出会っていく。「人生の最後に、『ああ、私は存分に生きたな』って思えるような人生になるといいですよね」と畑中さんは笑顔を見せた。
その人だけの美意識——アール・ドゥ・ヴィーヴルを形づくっていくのは、自分の声を聴き、選び、生きていく、その積み重ね。つまり、どこかで完成するものではないという。
「年を取り、経験が増えるごとに自分の美学も変わるはずです。部屋を少しずつ快適な空間に整えていくように、“私にとっての美しさ” とか “心地よさ” を永遠に探し続けていくのだろうと思います。人生とは自分のアール・ドゥ・ヴィーヴルを見つける旅のようなものではないでしょうか」
畑中景子(はたなか・けいこ)
プロフェッショナルコーチ、CTI JAPAN ファカルティ。慶應義塾大学法学部卒業後、政府系金融機関に勤務したのち、プロフェッショナルコーチとして独立。40代を中心にリーダーシップの意識の目覚めと可能性の開花を支援しているほか、国際的な体験型コーチトレーニングおよびリーダーシップ開発機関CTI(The Co-Active Training Institute)にて、ファカルティとしてトレーナーを務める。神保町の共同書店PASSAGE内「ここみち書店」店主、ポッドキャスト番組「独立後のリアル」パーソナリティ。INSEAD MBA。
取材・文:木内アキ 編集:フィガロジャポンBWA事務局

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