• 左=たとえるビジネススクールの担任役の倉成英俊、右=「日本一小さい農家」の西田栄喜さん

「日本一小さい農家」になった理由

倉成:まず本題に入る前に。「日本一小さい農家」って…どういうことですか?

西田:私はもともとこの土地の生まれなんですが、大学卒業後はバーテンダーをやったり、オーストラリアへワーキングホリデーに行ったり、ホテルの支配人をやったりしていました。30歳で地元に帰ってきて、サービス業の視点で農業を見ると、何か可能性があるんじゃないかと思ったんです。

当時は周りから「農業はそんなに甘いもんじゃない」と反対されました。調べてみても、確かに普通にやったらなかなか食べていくのが難しそう。

そこで、野菜を作ってそのまま売るのではなく、母が得意だったキムチや漬物に加工して、自分でお客さんに直接売ろうと考えました。今でいう6次産業化ですね。ちょうどインターネット販売が広がり始めた時期でもありました。

もう一つ大きかったのが、オーストラリアで見た農業です。とにかく規模が日本とは違って、これは真似できないなと。ところが意外なことに、オーストラリアの農家が「日本で町に住みながら農業できるなんて最高じゃないか!」と羨ましがるんです。

大きくするのではなく、小さく始める。当時、日本で農業を始めるには1000万円、米農家なら2000万円ほどかかると言われる中、借金をして規模を追うのではなく、自分が幸せに暮らせる大きさでやろう、と。そのために通常の農家の1/10の耕地面積30アール(※西田氏が就農した頃、農地を取得する際に必要な最低耕作面積が地域によっては30アールだった)、そして手持ちの資金143万円で農業を始めました。

倉成:売り上げも、増えれば増えるほどいいわけではない?

西田:そうなんです。ホテルマンのときは「前年対比5%アップ」という世界でした。でも、それを毎年続けたら、どこかで無理が来ますよね。

それでも、なんだかんだで「成長の罠」にはまってしまって、農家になってからも一時期、売り上げをどんどん伸ばしていたら、妻から「あれ、そんなに忙しくなりたくて農家になったの?」と言われました。それで、売り上げが目標より5%少なければ反省するけれど、逆に5%多くても「今年は働きすぎたな」と反省するようにしたんです(笑)。

3.11で、種をまく手が止まった

倉成:そんな西田さんに「種をまく」ということを聞きたいと思って来ました。

西田:実は一度、種をまく手が止まったことがあります。農家になって11、12年目のころだったと思います。2011年3月11日に発生した東日本大震災のときです。地震のあった3月半ばというのは、農家にとって春夏の野菜の種をどんどんまく時期なんです。でも地震が起きて、原発事故も起きて、「これからどうなるんだ」「放射能で汚染されるかもしれない」と言われた。そのとき初めて、「今、種をまいて意味があるんだろうか」と思いました。

  • 「種まきは未来を信じること」と語る西田さん

種って、未来があることを信じていないとまけないんですよ。

今日まいて、明日収穫できるわけではない。数カ月先に畑があり、自分がいて、食べてくれる人がいる。それを信じているから、種をまける。当たり前だった未来が当たり前ではなくなった瞬間に、手が止まったんです。

倉成:すごい言葉ですね。「未来を信じないと、種はまけない」。

西田:そうですね。リーマンショックやコロナ禍など、世界を揺るがす出来事があるたびに立ち止まる。でも、そんなときに畑を見ると、少なくとも雑草は勝手に伸びているんですよ。

人間が「大変だ、大変だ」と言っている横で、植物は置かれた場所で淡々と育っている。まさに「置かれた場所で咲きなさい」のリアル版。それを見て元気をもらうことは何度もありました。

種まきは「タイミング」が命

西田:それから、「種をまく」の「まく」って、漢字がいくつかあるんですよ。

広くばーっとまく「播く」があり、肥料などをまく「撒く」がある。そして種を一粒一粒、丁寧にまく「蒔く」がある。私は、そんなイメージで使い分けています。「自分でまいた種」というときの「蒔く」は、この一粒一粒のほうですね。

倉成:種を広く散布する「播く」か、1つ1つ種を「蒔く」か。2つあると。

西田:はい。特に後者の「蒔」という字は、草冠に「時」と書きます。農家の目で見ると、これが面白い。種まきは本当に「時(=タイミング)」が大事なんです。

例えば秋冬野菜では、種をまくのが1日違うだけで、収穫が1週間ずれると言われることもあります。地域ごとに「いついつに蒔け」といった言い伝えがあるくらいです。

倉成:独立するのも、新しい仕事を始めるのも、そして新しいプロジェクトを立ち上げるのも、いつ種を蒔くかで全然違う。同じですねぇ。

西田:ただ最近は、気候変動でそのタイミング自体が読みづらくなっています。昔の経験則だけではわからなくなってきている。そこも今のビジネスの状況と似ているかもしれませんね。

同時に芽が出ないことには、意味がある

西田:それぞれの地域で栽培されてきた「在来品種」を育てていると面白いことがあります。同じ日に同じ種を蒔いても、芽が出る時期も、育つ速さもばらばらなんです。

すべてが同じ日に芽を出し、同じ速度で育ったところに大雨や霜が来たら、全滅してしまうかもしれないですよね。ばらばらに育てば、一部は生き残る可能性が高まる。

倉成:なんかすごく意味がありそうなお話ですね。植物の側から見れば、リスク分散。

西田:うちみたいな小規模な農家はそのほうが助かります。ただ、機械で一気に刈り取るような大規模な農家は、同じように育って同じ時期に収穫できるほうがいい。生き残り戦略か効率か、どっちを重視するのかですね。

  • 仕事と種まきを比較して考える倉成

倉成:会社も同じですね。例えば同期が50人いたとして、全員が同じ時期に成長のピークを迎えるより、伸び盛りの時期がばらばらなほうが、本当は組織として強い。そして、面白い。

「苗半作」──最初の育て方が、その後を左右する

西田:それと、農業には「苗半作」という言葉もあります。

「苗半作」とは、苗の出来で作柄の半分が決まる、それくらい育苗が大事だという意味です。野菜によっては、収穫まで半年ほどかかる中で、苗の期間は1カ月ほど。その最初の管理が後々まで効くんです。

でも、大切だからといって、手をかけすぎてもいけない。

水をあげすぎると、苗がひょろひょろに伸びることがある。大豆なんかも、最初から水を与えすぎると腐ってしまうことがあります。良かれと思って世話をしすぎると、逆に弱くしてしまう。

倉成:新規事業にたとえてもそうですよね。始まったばかりの時期に、いきなり大きな予算をつけてやると、かえって育たない。立ち上げの時の、苦労、工夫がその後の成長に関係しますからね。

西田:種によって育て方も違いますからね。

倉成:ちなみに、種によって蒔き方も変わりますか。

西田:例えばダイコンなどの根菜類は基本的に畑へ直接種を蒔きます。一方、トマトやナスは、まず種から苗に育ててから畑に植えることが多いです。

でも面白いことに、私の経験では、トマトなども直蒔きした株のほうが病気に強く育つことがあります。もちろん、直蒔きでは小さい苗のうちにダメになる率も高い。だから、どちらが100%の正解という話ではありません。 あとは、ニンジンなんかは発芽が難しいので、農家によっては、水に浸した種を袋に入れ、胸ポケットで人肌に温めて芽出しをする人もいます。

倉成:人肌がいいんだ(笑)。

西田:そうみたいですね(笑)。

倉成:この種の蒔き方も参考になる話ですね。たとえば、新規事業を、いきなり社会に「直蒔き」するのか。研究所や小さなチームの中で「苗」にしてから世に出すのか。その事業によって、適切な始め方は違う。こっそり誰にも見せないように、隠して育てる「スカンクワーク」なんかは、苗にするタイプのお話ですよね。

企画書を机の上に置いていても、芽は出ない

  • 西田さんが見せてくれた種。左からエンドウマメ、カボチャ、ダイコン、カブ、カモミールの種

西田:種を見ていると、一つ当たり前のことに気づくんです。今ここにある種を机の上に置いておいたら、ずっと種のままなんですよ。土の上に置いて、水があって、太陽があって、初めて芽が出る。

農家になってから、「ご縁」という言葉の意味がすごくよくわかるようになりました。自分たち農家も、野菜をゼロから「作る」わけではない。土と水と日光があって野菜が育ち、そしてまた種が取れる。そうした営みが、私たちが生まれるずっと前から連綿と続いてきているわけです。まさにご縁ですよね。だから、私は「作る」より「育てる」という言葉のほうが好きなんです。

人間ができるのは、芽が出る条件を整えて、手助けをすることくらいです。そして、まずは種を土に蒔かなければ何も始まらない。

倉成:いやあ、色々と一緒だなあ。アイデアが頭の中にあるだけだったり、机の上に新規事業の企画書を置いておくだけでは何も起きない。提案したり、実際にやってみたりと、社会に蒔いたり、苗にして植えたりしないと。

西田:そうですね。100%思った通りに育つことなんてないんです。天候も変わるし、環境も変わる。だから、まず蒔かないと。

「失敗するしかない」

倉成:西田さんは100種類以上の野菜を育ててきたわけですよね。これから新しい種を蒔く人に、コツを一つ教えるとしたら何ですか。

西田:蒔いて、失敗するしかないですね。

倉成:やっぱり失敗ですか。

西田:ある程度失敗すると、違う野菜でも「あ、これはあの失敗と同じだな」とわかるようになるんです。水をやりすぎた。日当たりが足りなかった。肥料をあげすぎた。失敗を積み重ねていくと、共通するパターンが見えてくる。

そこまで行けば、新しい種類の野菜でもある程度対応できるようになる。説明を聞いただけでは、なかなかわからないんです。

倉成:でも、法則はある。

西田:法則はあります。

「野菜は法律ではなく、法則で育つ」

西田:私自身、農家を10年以上やったころ、大きな失敗をしました。環境にいいと思ってある農法を取り入れたら、野菜が全然育たなくなったんです。枯れもしない。でも大きくならない。すでにお客さんもいて、野菜セットの再開日も決めている。なのに野菜ができない。目の前が真っ暗になりました。

そのとき、ある人から「黒いマルチシートをかけてもいいんだよ」と言われました。

私は思い込みから、マルチシートを使わないようにしていたんです。でも、マルチをかけたら、野菜が育ち始めたんです。そのとき言われた言葉が忘れられません。

「野菜は法律じゃなくて、法則で育つ」。 「この農法だから正しい」とか、「この先生がそう言ったから正しい」というのは、人間がつくった法律みたいなものです。

  • 植物が育つ根本的な法則がある

でも植物が育つには、もっと根本的な法則がある。水はけや温度、光、微生物の状態など、育つには育つ理由があり、育たないなら育たない理由がある。私は「自然農法だから」「有機だから」という形にとらわれて、目の前の野菜を見ていなかったんですね。

倉成:それをビジネスになぞらえるなら、「今はこのフレームワークが流行っている」とか、「シリコンバレーではこのやり方で成功している」とか、そういうのを当てにするんじゃなくて、目の前の仕事がうまくいくように、目の前の案件に合うように、自分の頭で考えて動きなさい、ってことかな。そっちの方が育つ。

西田:そう思います。農業でも、どんな農法であっても、育っているなら理由がある。逆に育たないなら理由がある。流行っている方法を追いかけるより、その下にある法則を見ることが大事なんじゃないでしょうか。

収穫だけでなく「芽が出た瞬間」を楽しむ

倉成:もう一つ、西田さんがさっき畑を歩きながら言っていたことが、すごくいいなと思ったんです。「収穫も楽しいけれど、芽が出た瞬間が楽しい」って。

ビジネスの世界では、リターンを早く求めるとか、ユニコーン企業になるとか、最初から「収穫」の話をされることが多い。でも、そもそも最初に芽が出た瞬間って、ものすごく楽しいんですよね。

僕も、生まれて初めて自分が作った広告が世の中に出たときのことは忘れられません。

西田:私はもう、種を買うところから楽しいですよ。

冬に種を見ながら、「これを蒔いたら、春にはこうなって」と想像する。頭の中ではもう豊作なんです(笑)。虫もいないし、病気にもならない。現実は全然違いますけどね。

でも、実際に蒔いて、小さな芽が土から出てきた瞬間は、何度経験しても感動します。「形になった」という感じがする。

倉成:企画を考えている時間は、種を探している時間なのかもしれないですね。人と話したり、違う業界を見たりして、「これ面白いかも」と思う。その種を持って帰ってきて、自分たちの場所に蒔いてみる。そして、小さくても芽が出る。

その瞬間をもっと楽しめる世の中になるといいな。

どんな種でも、まかなければ始まらない

倉成:種って、こうやって考えるとすごくロマンがありますね。

西田:どんなに高価な種でも、机の上に置いているだけでは何も起きないですから。蒔かないと。蒔けば失敗するかもしれないし、怖いですよね。でも、蒔かないことには始まらない。

倉成:そして、未来を信じないと種は蒔けない。

西田:そうですね。

今は、平和も環境も、当たり前に続くとは言い切れない時代になっています。それでも種を蒔くということは、やっぱり未来を信じる行為なんだと思います。

ただ、もう一つ大事なのは、「何のためにその種を蒔くのか」です。

農業でも、収穫量が増えれば何でもいいわけではありません。たくさん作れても、安全でおいしい野菜でなければ意味がない。

事業も同じじゃないでしょうか。売り上げを伸ばすことは必要です。利益がなければ続かない。でも、青臭いかもしれないけれど、環境でも地域でも伝統でもいい。半径5メートルの誰かのためでもいい。自分がやることで社会が少し良くなる、という目的が必要だと思うんですよ。

倉成:種は、「どうやって蒔くか」だけではないですね。

西田:そうですね。「何のために種を蒔くのか」も大切にしたいところです。


【3時間目を終えて − 担任倉成の振り返り】

実はここ数年、近所に小さな畑を借りて野菜を育てています。昨年の春。いろんな種類の葉物野菜の種を蒔いて(1つ1つまく方の“まく”ですね)芽が出た時思いました。ああ、未来に種をもっと蒔きたいな、と。こんな風に可愛い芽が出てきたら、それは楽しい社会になるだろうと。

仕事を含めて、未来に種を蒔こうという方は、畑、おすすめです。実際の種蒔きから感じることがたくさんあります。ダイコンなんて、ほんの数ミリの種が、あんな大きくなるなんて。やってみるまで知りませんでした。AIの進化も目を見張るけど、これは凄い。

そんな最近の驚きがあったので、西田先生にぜひ種をまくことについて聞いてみたかった次第。この取材は石川県能美市まで遠出しての出張インタビューだったのですが、収穫大きかったですね。実際の種蒔きと、たとえとしての種蒔きの行き来。みなさんの日々に生かしてもらえたら幸いです。

【読者の皆さんへの課題 vol.3】

「たとえるビジネススクール」の読者の皆さんへの自主的な課題。3回目は、種にまつわる問題です。

『Q.あなたが今、”まこう”としている種はありますか?その種はどんな”まき方”が適切そうですか?』

お考えいただいた方はよろしければ、Xに「#mynt_たとえるビジネススクール」を付けて投稿してください。

西田先生と一緒に拝見します。


倉成英俊◎世界でも類を見ないプロジェクト専門会社、Creative Project Base代表。大小/公私/官民/国内外問わず、様々なジャンルで様々な方々と、面白くて、世界初で、意義のあるプロジェクトを同時多発的に実践中。この連載もその1つ。

西田栄喜◎ 大学卒業後、バーテンダーやホテルチェーン支配人などを経て、1999年に菜園生活「風来」を起業。年間50種以上の野菜を育て、野菜セット・漬物などをネット販売。著書に『小さい農業で稼ぐコツ』『農で1200万円!』。誰もが小さい農を中心に独立できるようにと「農あるところでなりわいをつくる」教室を開催中。

文・写真=桜井 陽(創発型ジャーナリスト/写真家 株式会社flow代表) 編集=Forbes JAPAN