【登場人物の紹介】

この物語に出てくるのは、13歳のハルと、その家族。

ハルは中学1年生。スマホゲームや動画、生成AIにふだんから親しんでいて、データに価値があることを感覚的にわかっています。ただ、お金や金融のしくみについては、まだ知らないことばかりです。

父は40代。NISAや保険、住宅ローンなどには関心がありますが、暗号資産(仮想通貨)やNFTのような新しい金融は、自分にはまだ遠い存在と思っています。ハルに聞かれて、自分も意外とお金のしくみを説明できないことに気づいていきます。

母は30代。家計感覚が強い現実派です。値上げや教育費、将来のお金には敏感で、「よくわからないものには近づかない」が基本。ただし、キャッシュレス決済やネット銀行、ポイント活用はふだんから使っています。

近所のカフェ店主であるミナトさん。元金融マンで、ハルたち親子にお金のことをやさしく教えてくれる案内役です。

いつものお菓子が、少し高くなっている

土曜日の午前中、ハルは母と近所のスーパーに来ていた。

カートには、牛乳、卵、パン、冷凍食品、野菜、お弁当用のおかずが入っている。母はいつものように、棚の値札を見ながら、少しだけ表情を曇らせていた。

「うーん、また高くなってる」

母が小さくつぶやいた。

ハルはお菓子売り場で、いつも買っているチョコ菓子を手に取った。パッケージは前と同じに見える。けれど、値札を見て首をかしげた。

「あれ? これ、前より高くない?」

母がカートを押しながら近づいてきた。

「そうね。少しずつ値上がりしてるものが多いのよ」

「でも、僕のお小遣いは増えてないよね……」

ハルが少し不満そうに言うと、母は苦笑いした。

「それ、大人も同じことを思ってるよ」

「大人も?」

「お給料がすぐに増えるとは限らないけど、食品や日用品の値段は上がることがあるでしょ。そうすると、同じ金額でも買えるものが減ってしまうの」

ハルは手に持ったお菓子を見つめた。

「同じ1,000円でも、前より買えるものが少なくなるってこと?」

「そういうことね」

その日の夜、ハルは夕食のあと、父に言った。

「今日、スーパーでお菓子が高くなってた。なんで物価って上がるの?」

父は少し考えた。

「いろいろ理由はあるけど……説明するのはけっこうむずかしいな」

母は笑った。

「またミナトさんの出番かな」

ハルはうなずいた。

「お金の話、どんどん続いていくね」

インフレって、なに?

翌日、3人はミナトさんのカフェに向かった。

ハルがスーパーでの話をすると、ミナトさんはコーヒーカップを置きながら、やさしくうなずいた。

「それは、インフレの話だね」

「インフレ?」

「インフレは、ものやサービスの値段が全体的に上がっていくことだよ。正式にはインフレーションというんだけど、ニュースではインフレと呼ばれることが多いね」

ハルは首をかしげた。

「お菓子が1つ高くなるだけでもインフレなの?」

「1つの商品だけが高くなる場合は、その商品だけの事情かもしれない。たとえば材料が足りないとか、材料や商品を運ぶ輸送費が上がったとかね。でも、食べ物、日用品、電気代、サービス料金など、いろいろなものの値段が全体的に上がっていくと、インフレと言われるんだ」

父が言った。

「最近はニュースでも、物価上昇という言葉をよく聞きますね」

「そうだね。物価が上がると、生活の実感としては『前と同じお金を払っているのに、買えるものが減った』という感覚になる」

ハルは、自分の財布を思い浮かべた。

「僕のお小遣いが1,000円だとして、前はお菓子を3つ買えたのに、今は2つしか買えない、みたいなこと?」

「そのとおり。数字としての1,000円は同じ。でも、その1,000円で買えるものが減るなら、1,000円の力は弱くなっていると考えられるね」

母が深くうなずいた。

「それを家計ではすごく感じます。買っている量はそんなに変わらないのに、合計金額が高くなるんです」

「インフレは、家計にとっても、企業にとっても、大きな影響があるんだよ」

ハルは、少し不思議そうな顔をした。

「お金って減ってないのに、力が弱くなるんだね」

お金は腐らないけれど、力が弱くなることがある

ミナトさんは、前に使った紙ナプキンの話を思い出したように言った。

「前に、お金には3つの役割があるという話をしたよね。交換と保存とものさしの話」

ハルはうなずいた。

「覚えてるよ。お金はものと交換できる。あとで使うために取っておける。ものの価値を比べるものさしにもなる、ってことだよね」

「その保存の役割が、インフレのときには少し弱くなることがあるんだ」

「……どういうこと?」

「たとえば、魚や野菜は時間がたつと腐ってしまう。でもお金は、財布や銀行口座に置いておけば、基本的には腐らない。だから、未来のために取っておける」

「うん」

「でも、物価が上がるとお金で買えるものが減ることがある。つまり、お金の買う力が弱くなるんだ」

ハルは目を丸くした。

「お金は腐らないけど、力が弱くなることはあるんだ」

「いい表現だね」

父が言った。

「預金していれば金額は減らなくても、物価が上がれば実質的には目減りしているように感じることがあるんですね」

「そう。もちろん、預金は大切だよ。生活費や、近い将来に使う予定のお金は、すぐ使える形で持っておく必要があるからね。問題は、すべてのお金をただ置いておくだけでよいのか、ということなんだ」

母が聞いた。

「だから、資産運用という話になるんですか?」

ミナトさんはうなずいた。

「そうだね。今のように物価が上がる時代には、お金を守るだけでなく、育てるという考え方も必要になってくるよ」

ハルは、少し背筋を伸ばした。

「お金を育てるって、つまり投資のこと?」

「その言い方でもいいけれど、生活に近い言葉でいえば、資産運用かな」

だから、資産運用という考え方が出てくる

ミナトさんは、ハルにわかりやすいように、カフェのテーブルに3つのコースターを並べた。

「お金には、使う時期によって分け方がある。まず、今日や今月使うお金。次に、近い将来に使うお金。そして、もっと先の将来のためのお金」

ハルはコースターを順番に見た。

「今日使うお金は、お財布とか電子マネーかな」

「そうだね。近い将来に使うお金は、預金で持っておく方が安心なことが多い。急な出費や、学費、引っ越し、家電の買い替えなど、すぐに使えることが大切だからね」

母がうなずいた。

「生活防衛資金みたいなものですね」

「そのとおり。そして、もっと先の将来のためのお金については、資産運用という選択肢が出てくる」

「なんで?」

「時間をかけて、お金を育てるためだよ。株式、投資信託、債券、不動産、ゴールド、ビットコインなど、いろいろな資産がある。それぞれ値動きや特徴が違うから、目的やリスクに応じて、お金の置き場所を考えていくんだ」

父が聞いた。

「長期、積立、分散という考え方ですね」

「そう。長く続ける。少しずつ積み立てる。ひとつのものに集中しすぎず、分けて持つ。この3つは、資産運用を考えるうえでとても大切だね」

ハルは少し考えた。

「一気に増やそうとするんじゃなくて、時間を使うんだね」

「そうだね。資産運用は、短い期間で必ずもうけるためのものではない。将来に向けて、お金の置き場所を考えることなんだ」

母は言った。

「預金が悪いわけではないけれど、目的に合わせて持ち方を考えるということですね」

「そのとおり。大事なのは、全部を同じ場所に置かないこと。そして、自分がいつ、なんのために使うお金なのかを考えることだよ」

ビットコインは「デジタルゴールド」と呼ばれることがある

ハルは、ミナトさんに前から気になっていたことを聞いた。

「インフレに備えるなら、ビットコインも関係あるの?」

父と母は、少しだけ身構えた。ビットコインという言葉が出ると、どうしても価格が上がった、下がったというニュースを思い出してしまう。

ミナトさんは、あわてずに答えた。

「関係があると考える人もいるね。最近ビットコインは『デジタルゴールド』と呼ばれることがある」

「デジタルゴールド?」

「ゴールドは、昔から価値を保存する資産として見られてきた。もちろん価格は動くけれど、国や会社が自由に増やせるものではない。限りがあるものとして、長く価値を持つと考えられてきたんだ」

「ビットコインも、限りがあるから?」

「そう。ビットコインは、発行される上限が約2,100万枚とあらかじめ決まっている。だから、ゴールドのように希少性があると考える人がいる。しかもインターネット上でやり取りできるため、『デジタルゴールド』と呼ばれることがあるんだ」

ハルはスマホを見ながら言った。

「ゴールドみたいだけど、金の延べ棒じゃなくてスマホの中にある感じ?」

「そう考える人もいるね。ただし、気をつけることもある。ビットコインは価格の変動がとても大きい。短い期間で大きく上がることもあれば、大きく下がることもある。だから、値上がりを約束するものではないし、生活費を投じてまで買うようなものでもないよ」

母はほっとしたように言った。

「そこは大事ですね」

「うん。ビットコインを知ることと、すぐに買うことは別だよ。まずは、なぜそういうものが生まれたのか、どんなしくみで動いているのかを理解することが大切だね」

ハルはうなずいた。

「物価が上がると、お金の力が弱くなることがある。だから、将来のために資産運用を考える。ビットコインは、その中でデジタルゴールドと見る人もいる。でも、値動きは大きい。そんな感じ?」

ミナトさんは笑った。

「かなり整理できているね」

父は感心したように言った。

「またお父さんより先に理解してるな」

ハルは少し得意げに笑った。

「でも、まだビットコインがだれに動かされているのかは、よくわからないよ」

ミナトさんは、ゆっくりとうなずいた。

「次は、そこを考えてみようか」

次回予告:ビットコインは、だれが動かしているの?

スーパーでの買い物をきっかけに、ハルはインフレについて学びました。同じ1,000円でも、買えるものが減ることがある。お金は腐らないけれど、買う力が弱くなることはある。そのため、将来のお金については、預金だけでなく資産運用という考え方も出てきます。

そして、ビットコインを「デジタルゴールド」と見る人たちがいることも知りました。

でも、ハルにはまだ大きな疑問が残っています。

「ビットコインって、だれが動かしているの? 会社? 国? それともアプリ?」

次回は、管理者のいないお金と、ブロックチェーンのしくみについて親子で考えていきます。

※本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品や暗号資産への投資を勧誘・推奨するものではありません。暗号資産は価格変動等により損失が生じるおそれがあります。投資判断はご自身の責任で行ってください。