服部佳代さん(Global Women Founders代表)

国籍もバックグラウンドも年齢もさまざまな女性のためのコミュニティGlobal Women Founders(GWF)を運営する服部佳代さん。90年代以降、働く女性を取り巻く時代の荒波を乗り越えて、たどり着いた現在の境地とは?


【Point】
・言葉も文化も違う人たちとの協業から得た学び。
・40代は人生の折り返し地点。あらためて自分自身と向き合う。
・肩書きにとらわれず仲間をつくり、繋がることが大切。

90年代、帰国子女として日本で就職。

幼い頃から父親の仕事の関係で海外生活を長く経験した服部さん。アメリカ・ロサンゼルスの高校に通っていた頃、一時帰国した日本での生活に憧れ、大学進学は日本で、と心に決めた。

「いわゆる帰国子女だったので、日本流の上下関係を知らずに育ちました。日本の大学に入って大変なカルチャーショックを受けましたね」と振り返る。卒業後は日本で就職活動し、大手メーカーで総合職*として採用された。200人の新卒社員のうち、総合職はわずか7名。うち女性は数名という時代である。「会社も女性をどう扱えばよいのか、困っているのがひしひしと伝わってきました。一般職の人たちからは『総合職の女性は男性と同等だから飲み会は割り勘で』という二重の差別もありました。制服を着用せずに出社して会議室に呼び出されたこともあります」

*「総合職」「一般職」は、日本の伝統的なコース別雇用管理制度の区分。近年は多様なキャリア形成の観点から、大手企業を中心にこの区分を廃止・統合する動きが広がっている。

ある日、不在だった上司にかかってきた電話を受けた服部さんは、ヘッドハンティングの電話とは知らずに話し込み、自らがスカウトされることに。「英語が話せることに興味を持っていただいたようで、面接を受けるように言われたんです。入社1年目にして転職したのが日本ロレアルでした」

ヘアケア製品を扱う外資系の会社で、美容サロンを対象としたヘアカラーのマーケティングと商品開発を担当した。「当時日本ではまだヘアカラーが一般的ではなく、フランス本社から、なぜ日本ではヘアカラーが浸透しないのか報告するようにとお達しがあったんです」

地道に市場調査をしながら一消費者の視点としてリアルな意見をレポートにまとめたところ、これが本社から評価されフランスへ異動となる。「日本での仕事はとても楽しかったのですが、フランスでは労働環境を取り巻く文化の違いになじめなくて。巨大組織の人間関係にもついていけませんでした」

フランスで起業を決意した20代。

フランスの大企業でマーケティング担当という華々しい肩書きを捨てた20代後半。結婚と出産も重なった。「大変な時期ではありましたが、この時フランスで元同僚たちとDatawordsという会社を立ち上げました。2000年当時はアマゾンや楽天といったイーコマースが日本でも始まった頃で、私たちはラグジュアリーブランドを対象としたイーコマースサイトを立ちあげようと資金調達に奔走しました」

何の肩書きもない服部さんたちに、世間の風当たりは厳しかったが、持ち前のバイタリティで資金と仲間を増やし、20年間で従業員1,200人、10カ国以上の支社をもつ企業へと成長させた。人事と営業戦略を担当していた服部さんは、世界中のチームをリクルートするという大役を担っていた。

「言葉も文化もマーケットも違う国へ出かけていって、私たちの会社で一緒に働きませんかと提案する。その頃は30代だったので、若い日本人女性のボスがいる会社というだけで難色を示す人もいましたが、ひとりひとりと対話を重ね、信用を勝ち取りながらコアメンバーを増やしていきました」

本社のあるフランスでは月1回の労働組合の交渉にも粘り強く対応した。「フランスでは労働者が強いですからね。会社の経営についての質問が容赦ない。マネジメントに関しては貴重な経験ができました」

45歳は、人生の折り返し地点。

ゼロから会社を立ち上げ軌道に乗せた服部さんだったが、45歳を迎え、ふと立ち止まった。

「自分で作った会社は子どものように大切な存在です。仕事は充実していましたが、40代に入って身体の変化を感じ始めたんです。更年期に差しかかっていたこともあり、眠りが浅くなったり疲れやすくなったり。社会からの見えないプレッシャーも感じるようになりました。男性なら白髪もシワも味になるけれど、女性はそうは見られない。女性としての魅力がなくなっていくのではという不安もありました」

45歳で離婚し、その後20歳になった息子もロンドンに留学するため、家を出た。「私、ずっとワーキングマザーだったので、息子が巣立つことに対してこんなにショックを受けるとは思ってもみませんでした。駅で息子を見送った時、涙が止まらなかったんです」

空っぽになった息子の部屋を見て、思うことがあった。「人生の折り返し地点に立ったとき、このまま仕事だけを続ける生活でいいんだろうかと思ったんです。仕事はチャレンジングで楽しかったけれど、仕事の世界以外に関してあまりにも知らないことが多かった。会社という組織を出た時に残る友達って何人いるんだろう?とも感じました」