
築地大橋をバックに左=松井幹雄さん、右=倉成英俊
倉成:新連載企画『たとえるビジネススクール』のきっかけは、松井さんとの出会いでした。10年前の2016年、私が参加したトークセッションに松井さんもいらっしゃって、名刺交換をさせていただいたんです。「どんなお仕事をされているんですか?」と伺ったら、「橋をデザインする建設コンサルタントです」と。
松井:覚えてますよ。倉成さんのお話が面白かったので、挨拶に伺いました。
倉成:後日、本当に会社にお邪魔させていただきました。どうしても松井さんに聞いてみたい質問があったからです。僕が所属していた広告業界では、自分たちの仕事を「クライアントと消費者の橋渡しをする」と表現します。でも、当然ながら誰も本物の橋を架けた経験なんてない。なので、橋を架けるプロフェッショナルである松井さんに「良い橋の条件とは何ですか?」と尋ねたんです。松井さんの答えが非常に明快で面白くて。そのときの回答をいろいろな人に話したら、みんな「面白い!」と興味を持ってくれたんです。それで、「橋」以外の例え話でも専門家に聞けば、ビジネスのヒントが得られるはずだと確信しました。人事担当者が「原石を探す」とよく言いますけど、本物の宝石商に「良い原石の見つけ方とは」と聞いたら、絶対に面白そうじゃないですか。
ということで、身近にある例え話から、ビジネスにも役立つ何かのヒントを得るというのが今回の企画です。そのきっかけとなった松井さんに第1回のゲストとしてお越しいただけるとは、感無量です。
松井:そう言っていただき光栄です(笑)。
隅田川の「顔役」は、勝鬨橋から築地大橋へ
倉成:松井さんがデザインした橋はたくさんありますが、隅田川に架かる築地大橋は代表作の一つですよね。都心と臨海部を結ぶ環状2号線の一部で、東京2020五輪の会場アクセスを担ったとお聞きしましたが。

築地大橋のたもとで解説
松井:橋は場所が重要でして、この橋の場合は、隅田川が東京湾に注ぐ最下流に架かっています。つまり、海から隅田川に入ってくると最初に見える橋なんですね。それまでは、1940年に竣工した有名な勝鬨橋が、長く隅田川の「顔」の役割を担ってきました。築地大橋は、勝鬨橋にリスペクトを払いながら、新たな「顔」としての特徴を備える必要がありました。
倉成:アーチが外側に緩やかに開いているのが印象的ですね。このデザインの意図は?
松井:勝鬨橋が設計された時代との対比を表現すべく、構造的な工夫として、意図的に外側に傾けています。結果として空に向かって開かれた、すっきりとした景観を実現でき、勝鬨橋とは明らかに異なる体験を提供できたと思います。また、再開発で築地の護岸のあたりが芝生の広場になることを想像して、寝転がって見上げたときに、どんな橋だったら一番気持ちいいか、勝鬨橋と築地大橋の間にある80年に思いを馳せられるか、などを考えました。

築地大橋の力強いアーチ
倉成:そもそも橋を専門とするコンサルタントのお仕事って、珍しいですよね。なぜその道に?
松井:大学院で土木の研究をしながら悶々としていたのですが、ある日、スイス人のロベール・マイヤールという人が設計した橋の写真に心を射抜かれて、「こういう橋を設計する人になりたい」と志すようになりました。ただ、日本には橋の技術的側面と意匠的側面を同時に設計する仕事をしている人がほぼいなかったので、技術者として就職してからも手探りの時間が続きました。ある日、会社の上司からインダストリアルデザイナーの柳宗理さんを紹介されたんです。横浜の歩道橋づくりでご一緒することになるのですが、この出会いが一つの転機になりました。
倉成:戦後日本を代表するデザイナー、といえばのあの柳宗理さんですか。羨ましい!
松井:柳さんはとにかく模型を作りまくっていました。「昨日、格好いいの作ってましたよね」と写真を撮ろうとしても、どこにも見当たらない。「ちょっと気に入らないから捨てた」とおっしゃって。デザインの過程が追えないほどでした。間近で仕事ぶりを見ることができたのは大きかったです。ただ、柳さんとの直接のやり取りがそこまで多かったわけではなく、僕がデザインの哲学を実際に学んだのは、柳事務所の「番頭」を務めていた友岡秀秋さんからでした。「展覧会はなるべく行け」とか、「アイデアは30ぐらい出した後でも70個、全部で100個出すのが大事だ」とか、そういうことを教わりました。
橋の専門家に「良い橋の条件とは?」を改めて聞いてみた
倉成:なるほど。クリエイティブな仕事の領域では、いつの時代も同じことがずっと言われているんですね。感慨深いです。さて、そろそろ本題に入りましょう。以前、松井さんに「良い橋の条件とは何ですか?」とお聞きしたとき、「対岸の人同士が『ここに橋があったらいいのにな』と願っている場所に架かることだ」と即答されたのが忘れられません。そういう橋が架かると、両岸の経済や文化の交流が活発になり、1 + 1が2以上になる化学反応が起こる、と。橋を架ける人は、なんとロマンチックで美しいことを言うものだなあと感心しました(笑)。そのときに織姫と彦星のお話を思い浮かべました。橋があれば会いに行けるのに、1年に1回しか橋がかからない。だからこそ、2人の間に橋がかかったときに非常に盛り上がるという。あらためてお聞きしますが、松井さんにとって「良い橋」「美しい橋」とはなんでしょう。

Creative Project Base代表・倉成英俊
松井: (しばらく考え込みながら)その質問を今受けて、あらためて考えてみると、現代では「対岸の人同士が橋を架けたい」と願うような場所には、もうほとんど橋が架け終わってしまっているのかもしれないです。ある種のロマンがあるような橋ではなく、今は特定の目的、例えば物流開発のために「橋の向こう側のその先の立地を有効活用しよう」みたいな意図で計画される橋ばかりかもしれません。
倉成:かつては人々の切実な願いから橋が生まれたわけですよね。しかし、現代は状況が変わってきているわけですね。
松井:人と人とを結ぶ架け橋みたいな橋をかける仕事は、本当に減ってしまいました。
橋を作る時に見るべきは、両岸+俯瞰の3点
倉成:ビジネスの世界でも、物流開発的な、スピードやコスパのための橋は多いですよね。社長から「うちもオープンイノベーションをするからスタートアップと組め」と言われて、無理やり橋がかけられるみたいなイメージです(笑)。相手のことを知った上でじゃないから、盛り上がりません。SNS上でも簡易的な橋が無数にかかっている。でも、何か足りないとみんな思っている。そこをちゃんと考えたいです。

橋のデザインを専門とする建設コンサルタント・松井幹雄さん
松井:遠回りになるかもしれませんが、僕が設計に関わった橋の事例でお話しさせてください。一つは、富山市街と郊外を結ぶ富山大橋です。北アルプス北部の標高3000メートル級の山々が連なる立山連峰を背景に街並みが広がり、下を神通川が流れています。橋の上には、コンパクトシティー・富山を象徴する路面電車が走っています。現代の富山をよく示す風景の一つだと言えます。富山大橋もこの風景の一部を占めるわけですから、橋そのもののあり方や美しさをすごく考えて設計しました。
もう一つは、神戸港の六甲アイランドとポートアイランドを結ぶ阪神高速道路の橋の構想です。二つの人工島は、神戸市が成し遂げた歴史に残る大仕事です。背景には六甲山が広がっています。だからこそ、橋もそれらへのリスペクトを込めて、ひとつの橋(one-system)としてとびきり美しくなければ風景として持ちません。そこが橋のある風景の生命線だと、発注者に一生懸命訴えました(笑)。風景は人々の記憶に強く結びつきますから。
倉成さんとお会いした10年前には、A地点とB地点を結んで、その両岸がどうなるかというお話をしました。でも今日、今まで言語化できなかったことが言葉にできてきました。僕が橋を設計するときに心がけてきたのは、A地点とB地点も含めて俯瞰して見たときに、美しく見えるか、地域全体のバランスをよくするものになっているか。ここなんです。橋は風景をつくってしまうものなので。
見えない橋にもデザインがいる

橋の専門家松井さんの橋のスケッチ
倉成:良い橋を架けるには、A地点とB地点をつなぐだけではなく、周りの風景への影響まで俯瞰して考慮に入れることが必要だと、今の松井さんは考えているわけですね。環境をどうデザインするのかとか、エコシステムを考えるとか、もっと全体的な話になっている気がします。
人と人とか、部署と部署とか、企業と消費者とか、ビジネスの世界で良い橋をかけるときも同じかもしれないです。まず、あちらとこちらの人たちの気持ちや、どういう来歴があるのかを知る。そして、何のために、いつ、どこで、どんな演出で、何人対何人で、オンラインなのか対面なのかを設計する。橋渡しにはデザインがいる。イベントをするにしても、こぢんまりなのか大きめなのか、より何かが起こりそうな橋の渡し方はどういうものなのか。人と人をつなぐ「見えない橋」のデザインを考えるきっかけになりました。「見えない橋」のデザインも、いろいろなタイプがありそうですよね。
松井:隅田川に架かる橋も、本当にさまざまなデザインのものがあります。古いもので100年近くになる隅田川の橋が今でも現役なのは、架けた人の情熱が乗り移っているからだと思っています。
倉成:隅田川って、橋の展覧会みたいで船から見るのが楽しいじゃないですか。見えない橋の展覧会をやってみたら面白そう(笑)。どういう橋のかけ方をしたらうまくいっているのか、分析するのは新しいですね。
松井:橋を架ける仕事は、A地点とB地点をつなぐ仕事だとずっと思い込んでいました。でも、あらためて考えを深めてみると、橋が架かることで影響を受ける人は、対岸にいる人たちだけではない。巨大な構造物としてずっとそこにあるわけで、もっと俯瞰して見たときに、風景そのものに多大な影響を与えています。

模型で橋の原理を解説する松井幹雄さん
倉成:10年前、松井さんから「良い橋とは、両岸の人が架かってほしいと願っている場所に架かる橋だ」と教えてもらいました。でも今日、もう一つ教わった気がします。橋を架けるとき、向こう岸だけを見ていてはいけないんですね。
松井:そうですね。橋は、周りの風景まで変えてしまいますから。
倉成:人と人をつなぐ「見えない橋」も同じかもしれない。AとBをどうつなぐかだけではなく、その橋がかかったことで、周りの風景がどう変わるのか。俯瞰してそこまで想像するのが、橋をデザインするということなのかもしれませんね。
【1時間目を終えて- 担任倉成の振り返り】
松井さんのオフィスにお邪魔してから、10年越しの橋トーク。身近なものなのに、なんと知らないことが多いことか。遠くよりも、足元で、学びを深めるこの連載としては、まさしくぴったりのスタートとなりましたが、皆さんはどんな学びがありましたでしょうか。
今回、担任の倉成自身がたとえを通じて学んだことは、 1 橋をかけるときに考えるべきことは、両岸のこと+引いてみた風景。 2 橋渡しする見えない橋にもデザインが要るのでは? でした。
前者について言えば、たとえとして「橋渡し」をする際にも、2人や2社、または企業と世の中を単に繋げば良い、ということではなく、そこがつながることでどんな良いことが、つながれた2者の周りに起こるのか。そこも想像してつなぐとより良い橋になりそうだ、と。ここは大き目にメモしておきたい。
後者については、自分が橋渡しをする際のその橋は、どういうデザインか。改めて考えてみるのは、なかなか面白い思考実験になりそうです。
僕の場合は… ①カジュアルで軽くて楽しい見えない橋。 ②広くて大きなものというよりも、小さな細い個人的な橋をたくさん作ろうとしている。(長いのも短いのも。そう考えると吊り橋かな) ③引いてみると、網の目のように、橋同士がネットワーク状になっている。 ④そして大事なのが、フラットであること。老若男女、有名無名、肩書などを問わない、上下のない橋。
ー 目指してるのはそんな景色です。 いやあ、たとえって、ほんとわかりやすく、学びがありますね。では、また2時間目でお会いしましょう!
【読者の皆さんへの課題】
さて、この「たとえるビジネススクール」は読者の皆さんに最後課題を出して終わりたいと思います。と言っても、気が重くなるようなものじゃなく。考えたくなって、答えが無限にある、楽しい類のものを。
今回は『Q、あなたが、何かと何かの橋渡し役として、いつも架けている見えない橋。それは、どんなデザインですか?文章または絵でお答えください』です。
お考えいただいた方は、もしよろしければ、info@creative-project-base.comまでお送りください。松井先生と一緒に拝見します。
文・写真=桜井 陽 編集=Forbes JAPAN