【登場人物の紹介】
この物語に出てくるのは、13歳のハルと、その家族。

ハルは中学1年生。スマホゲームや動画、生成AIにふだんから親しんでいて、データに価値があることを感覚的にわかっています。ただ、お金や金融のしくみについては、まだ知らないことばかりです。

父は40代。NISAや保険、住宅ローンなどには関心がありますが、ビットコインやNFTのような新しい金融はまだ遠い存在と感じています。ハルに聞かれて、自分も意外とお金のしくみを説明できないことに気づいていきます。

母は30代。家計感覚が強い現実派です。値上げや教育費、将来のお金には敏感で、「よくわからないものには近づかない」が基本。ただし、キャッシュレス決済やネット銀行、ポイント活用はふだんから使っています。

近所のカフェ店主であるミナトさん。元金融マンで、今はカフェを営みながら、地域の子どもたちにお金の話を教えることもあります。ハルと家族にとって、新しいお金の世界をやさしく案内してくれる存在です。

「ただのデータ」にお金を払うの?

日曜の午後、リビングのソファで13歳のハルはスマホを見つめていた。画面の中では、ゲームの期間限定イベントが始まっている。友だちの間でも話題になっていて、限定キャラクターやアイテムを手に入れた人が、グループチャットに画像を投稿していた。

「お父さん、ちょっと相談があるんだけど!」

ダイニングテーブルでパソコンを開いていた父が、顔を上げた。

「どうした?」

「ゲームで、今日までの限定アイテムがあるんだ。少しだけ課金してもいい?」

父は、すぐに少し渋い顔をした。

「またゲームか。そんなただのデータにお金を使うのは、もったいないんじゃないか」

ハルは口をとがらせた。

「でもさ、これってデータでしょ? じゃあ、お父さんの銀行のお金も、スマホに表示されるただの数字なんじゃないの?」

父は、言い返そうとして止まった。

たしかに、給料は現金で受け取っていない。銀行口座に振り込まれ、スマホのアプリに数字として表示される。クレジットカードで買い物をしても、現金は動かない。交通系ICで電車に乗るときも、スマホをかざすだけだ。

「まあ……でも銀行のお金は、ただのゲームアイテムとは違うだろう」

父はそう言ったが、自分でも少し説明があいまいだと感じていた。すると、キッチンでコーヒーを入れていた母が笑った。

「たしかに、今のお金って、ほとんど数字だけで見てるよね。お財布の中の現金より、スマホの残高を見ることの方が多いかも」

ハルはさらに聞いた。

「じゃあ、お金って結局なんなの? 紙とか硬貨? それともスマホに出てくる数字? この前ニュースで、ビットコインで車が買えることもあるって見たよ。ゲームの中のお金みたいなのに、現実の買い物にも使えるの?」

父はパソコンを閉じた。

「それは……ちゃんと考えたことがなかったな」

そのとき、近所のカフェの店主で、父の知り合いでもあるミナトさんの顔が浮かんだ。元金融マンで、今はカフェを営みながら、地域の子ども向けにお金の勉強会も開いている人だ。

「せっかくだから、ミナトさんの店に行って聞いてみようか」

ハルは、スマホをポケットに入れた。

「ところでゲームの課金は……」

「物々交換」では、ほしいものが手に入りにくかった

カフェに着くと、ミナトさんはカウンターの中で豆をひいていた。ハルの父が事情を話すと、ミナトさんは楽しそうに笑った。

「いい疑問だね。お金の話は、ゲーム課金から始めてもいいんだよ」

ハルは少し驚いた。

「ゲームでもいいの?」

「もちろんさ。お金は、生活の中で使うものだからね。まずは、お金がなかった時代を想像してみようか」

ミナトさんは、紙ナプキンに簡単な絵を描き始めた。

「昔、人は物々交換をしていた。魚を持っている人が、野菜を持っている人と交換する。服を作れる人が、米を持っている人と交換する。これでも、うまくいくことはある」

ハルはうなずいた。

「でもさ、魚がいらない人には交換してもらえないよね?」

「そのとおり。物々交換には、相手が自分のほしいものを持っていて、しかも相手も自分の持っているものをほしがっている必要がある。これは、けっこう大変なことなんだ」

父も口をはさんだ。

「たしかに、ほしいものが一致しないと取引できないな」

「そこで、みんながほしがるもの、みんなが受け取ってくれるものが必要になった。それがお金の始まりの一つだと言えるね」

ミナトさんは、ナプキンに貝殻、金属、紙幣の絵を描いた。

「地域や時代によって、貝殻、塩、布、金、銀など、いろいろなものがお金のように使われた。大切なのは、それ自体がきれいかどうかだけではない。みんなが価値を認めて、交換に使えることなんだ」

ハルは、自分のスマホを見た。

「じゃあ、ゲームのアイテムも、みんながほしいと思えば価値があるの?」

「ある意味では、そうだね。ただし、それがどこで、だれにとって、どれくらい価値を持つのかは考える必要がある。ゲームの中では価値があっても、スーパーでパンを買うことはできないだろう?」

「……たしかに」

「だから、お金は多くの人が受け取ってくれることが大事なんだよ」

お金には「3つの役割」がある

ミナトさんは、今度はナプキンに3つの言葉を書いた。

交換
保存
ものさし

「お金には、大きく3つの役割があると言われている」

ハルは首をかしげた。

「交換はわかる。お金を払って、ものを買うってことだよね?」

「そう。1つ目は、ものやサービスと交換できること。お金があると、魚を持っていなくても野菜を買える。服を作れなくても服を買えるよね」

母が言った。

「働いて給料をもらって、そのお金でいろいろなものを買うのも同じね」

「2つ目は、価値を保存できること。たとえば今日働いて得たお金を、来週や来月まで取っておける。魚や野菜は腐ってしまうけれど、お金なら保存しやすいでしょ」

ハルはうなずいた。

「お小遣いを貯めて、あとでほしいものを買うみたいなことかな? 魚や野菜は腐っちゃうけど、お金は腐らないから、高いものを買うために取っておけるんだね」

ミナトさんは、うれしそうにうなずいた。

「そういうこと。お金は、今すぐ使うためだけのものではなくて、未来のために取っておけるものでもあるんだよ。そして3つ目は、ものさしの役割。お金があると、りんごは100円、ノートは300円、ゲーム機は6,000円というように、価値を比べやすくなる

ハルが感心したように言った。

「交換できて、貯めておけて、価値を比べられる、そうか! それがお金の基本なんだね」

ミナトさんはうなずいた。

「ただし、この3つの役割が、いつも完璧に守られるわけではない。たとえば物価が上がると、同じ1,000円でも買えるものが減る。つまり、お金の保存の力が弱くなることがある」

母が少し身を乗り出した。

「それ、最近すごく感じます。前と同じ金額で買えるものが減っていますよね」

「それは、また別のときにゆっくり話そう。今日は、お金の正体に戻ろうか」

紙から数字へ、お金は情報になっていった

ミナトさんは、レジの横に置いてある小さなカード決済端末を指さした。

「今の時代、お金は紙や硬貨だけではない。銀行預金、クレジットカード、電子マネー、ポイント、アプリ内の残高。多くのお金は、数字として管理されている」

ハルは言った。

「じゃあ、やっぱり銀行のお金もデータなんだね」

「かなりの部分は、そう言っていい。ただし、大切なのは、そのデータをだれが管理していて、なぜ信用できるのかということだね」

父が聞いた。

「銀行のお金は、銀行が管理しているから信用できるということですか?」

「銀行だけではなく、国の制度、法律、中央銀行、決済ネットワーク、利用者の信頼など、いろいろなものが支えている。だから、スマホに表示される数字でも、多くの人が安心して使えるんだよ」

ハルは、ゲームの画面を思い出した。

「ゲームのアイテムは、そのゲーム会社が管理してるよね。銀行のお金は、銀行や国の制度が管理してる。じゃあさ、ビットコインはだれが管理してるの?

父と母は、同時にハルを見た。ミナトさんは、笑って言った。

「そこに気づいたのはすごいね。ビットコインは、インターネット上のお金として生まれた。でも、銀行やゲーム会社のような特定の管理者がいるわけではないんだ」

「え、会社がないの?」

「そう、ない。そこが、ビットコインを理解するうえでとても大事なところなんだ。ただ、その話をするには、銀行や金利、インフレのことも知っておいた方がいいね」

ハルは少し考えてから言った。

「お金って、思ったよりむずかしいね」

ミナトさんは首を振った。

「むずかしいというより、身近すぎて、あらためて考える機会が少ないんだよ」

次回予告:銀行って、預かったお金をそのまま置いているの?

カフェからの帰り道、ハルは父に聞いた。

「今日の話で、お金がただの紙やデータじゃないことはわかった気がするよ。でも、銀行ってなにをしてるの? みんなのお金を預かって、そのまま金庫に入れてるだけなのかな?」

父は、すぐには答えられなかった。住宅ローン、預金、金利、クレジットカード。大人になってから当たり前のように使ってきた金融のしくみを、自分もきちんと説明できないことに気づいたからだ。

次回は、銀行の役割、金利、ローン、「信用創造」、そしてビットコインについて、親子で考えていきます。