• 西成さんの研究室で数学の特別レッスン(左=Creative Project Base代表の倉成英俊、右=東京大学教授の西成活裕さん)

小学校で学ぶ「足し算」「かけ算」の正体は?

倉成:ビジネスで使われるたとえを専門家に深掘りしてもらう『たとえるビジネススクール』の2回目です。今回は数学者の西成先生に、「足し算、かけ算ってそもそも何なんでしょう? どう違うんですか?」というところからお聞きします。足し算は小学1年生、かけ算の九九は2年生ですかね。

西成:足し算は小学生で習いますが、物を足すという感覚は人間は生まれつき持っているのではないかと。1つ、2つと数えて、それが集まればいくつになるという感じ。ほぼ説明不要の概念なんですよね。 それで、足し算をずっとやっていくと面倒だから、新しい記号を使って効率よくやる方法を考えた人がいた。3+3+3+3+3でもいいけど、それを3×5と書いた。これがかけ算の誕生です。 かけ算があれば、大きな数も効率よく扱えるようになる。そうやって演算を加えて、どんどん豊かな世界にしていく。それが数学の考え方なんです。

倉成:面白いですね。早速、たとえの話に行きましょう。ビジネスの世界でよく「人材のかけ算」とか「スキルのかけ算」という言い方をします。でも、「人材の足し算」という経営者はいないんですよね。なぜ「人材の足し算」より「人材のかけ算」と言ったほうが、ワクワクするんですかね。

西成:足し算とかけ算は、数学的には全く次元が違うんですよ。足し算は独立、かけ算は相互作用なんです。

倉成:説明、もう一声お願いします(笑)

西成:足し算が独立というのは、会社で言うと単純に人が集まっているだけ。お互いが会話もしない。ただ人数が集まっているだけ。一方で、かけ算は人と人との相互作用がある。何かと何かが関係して初めてかけ算になる。足し算以上の効果が生まれるんです。

かけ算型の組織は、縦割りを超える

倉成:よく縦割り組織って言うじゃないですか。そういうところは横の相互作用がないですよね。

西成:そうです。縦割りは足し算型組織です。

  • 足し算を表現する2人 お互いに相互作用なし

倉成:優秀な人を10人集めてもお互いに話もしなければ、それは足し算、ということですね。

西成:そういうことです。

倉成:足し算ではなくかけ算型は、どんな組織になりますか。

西成:営業で「1人お客さんを取ってきました」「もう1人取りました」とやっているだけでは足し算ですよね。でも、1人のお客さんを獲得したあとに、その人が別のお客さんを紹介してくれるようなインセンティブ設計をする。そうすると、自分が直接動かなくてもどんどん次のお客さんが来てくれる。

倉成:最初の1人が次の1人を生む。

西成:それがかけ算なんです。単に人を増やすだけでは足し算だけれど、関係が次の関係を生む構造があればかけ算になりますね。

複利で増殖していくかけ算型組織

倉成:なるほど。先ほどの「足し算は独立、かけ算は相互作用」、だいぶ理解できました。そうなると、相互作用が生まれる仕組み、これが大事なのかなと思いました。

  • 電通Bチームを創設した倉成英俊

自分の例で恐縮ですが、電通在籍時代、電通Bチームという、社員の本業をA面としたときに、副業や趣味などのB面を持っている人を大勢集めて新しいことを生むという組織を作りまして。例えば、A面では自動車メーカーのCMを作っていて、B面ではDJとして音楽フェスに出ている人がいるとか。僕の場合は副業でプロダクトを作ってショップに卸したりしていました。 そういう人たちが集まってお互いのB面をかけ算したり、それぞれが自分のA面とB面をかけ合わせたりして、新規事業を生み出していたんですよね。

西成:倉成さんのBチームって長く活動されているじゃないですか。そうすると、時間の中でもかけ算が生まれます。Bチーム主催でイベントを開いて、そこで刺激を受けた人が次に何かをやったりする。これもかけ算なんですよ。

倉成:長くやればやるほど、イベントなんかでもそうですが、主催者の想定を超えて広がり、参加者同士がコラボしたり、関係性がどんどん増殖していったりします。これも、複利と呼んでいいのでしょうか。

西成:まさに複利なんですよ。かけ算って複利です。ある仕事がまた別の仕事にもつながってどんどん大きくなっていく。

倉成:西成先生とも長崎の出島でお会いして、その後別のところでもお話しいただき、そして今回もお願いすることになりましたね(笑)

西成:一度仕事をして終わりなのではなく、ちゃんと過去のことを覚えておくことが大切ですね。それが関係性につながる。

かけ算思考を鍛える「言葉つなぎゲーム」

倉成:かけ算のイメージがついてきたところで、かけ算思考を鍛える方法ってありますか。

西成:あります。私、「言葉つなぎゲーム」というのを開発したんですよ。

倉成:ほぉ。西成先生作成のゲームですか。

西成:全く関係ない言葉をふたつ選びます。たとえば「ラーメン」と「月」。そして、その間に言葉をみっつ入れて、必ず論理的につなぐんです。例えば、ラーメンにはメンマが入っている。メンマはタケノコからできている。竹といえばかぐや姫。かぐや姫は月に帰る。

  • 言葉つなぎゲームを開発した西成活裕さん

倉成:おお〜! つながった(笑)。

西成:正解はないんです。何でもいい。ただ、違うもの同士をつなぐ練習をする。 面白いのが、中学生にやってもらったら、みんな「はい、はい」とすぐに手を挙げて答える。でも、この前、ある企業の役員や管理職にやってもらったら、「うーん」って考え込んで、誰も手を挙げない。 大人になればなるほど、「あれは自分と関係ない」とか言って心のシャッターを下ろしてしまうんですよ。実にもったいない。

倉成:ああ…、わかる気がします。よくわかります。

西成:言葉つなぎゲームを毎日、半年でもやってみてください。「あれは自分とは関係ない」なんて絶対に言わなくなる。どんなものでも、何段か挟めば全部つながる。関係ないものなんて、世界にひとつもないんです。この感覚を持つことが、すごく大事だと思います。

倉成:30歳ぐらいで第2義務教育として今のゲームをやったほうがいいかもしれないですね(笑)。

西成:いろんな言葉を書いた紙を箱に入れて、枕元に置いておく。朝起きたら2枚パッと取って絶対つなげるというのがいいですね。

倉成:だいぶスパルタ方式(笑)。話しながら気づきましたが、小学校で習った3×5みたいなかけ算は答えは決まっているけど、大人になってからのかけ算は答えが一通りではなかったり、かけ方に個性が出たりしませんか。

西成:そうなんです。大人のかけ算には正解はありません。大人の世界に絶対の正解なんてないですからね。

倉成:大人のかけ算には正解はない。だから楽しい!

西成:かけ合わせ方によって、新しいビジネスも生まれると思います。

組織の中の「×」を可視化せよ

倉成:個人は言葉つなぎゲームで練習するとして、組織はどうでしょう。「かけ算人材」が集まる組織の作り方。

西成:以前、あるメーカーで、社員一人ひとりが誰と接触しているかをタグで可視化する取り組みがあったんです。そうすると、特定の人がいろんな人と話していることが見えてくる。その人が「ハブ」になって、コミュニケーションを動かしている。

倉成:ネットワークの中心にいる人ですね。

西成:そうです。そういう人がいると、いろんな人がつながっていく。逆に、ひとりで閉じこもっている人ばかり集めても、なかなか相互作用は生まれない。かけ算が生まれる組織を設計することはある程度はできると思います。

倉成:組織の中に「×」の記号になれる人がいると良い、ということですよね。人材を見るときに「この人は何ができるか」だけじゃなくて、「誰と誰をつなげられるか」を見る必要があるということですよね。

西成:おっしゃる通りです。ただ、こういうかけ算型人材がどうやって生まれてくるのかはちょっとわからないですが。

  • 「かけ算は相互作用」を表現して肩を組む2人

倉成:そういう人材を社会の中で育てていくという視点も必要になってきそうですね。

西成:本当にそうですね。

倉成:そもそも、人間は足し算型とかけ算型で言うと、足し算型のほうが多い気がします。かけ算をするには、自分や組織の枠からはみ出す必要があるわけで、結構怖い行為でしょうから。

違う分野に出ると、自分の立場が通用しなくなるかもしれない。組織同士をつなげれば、縄張りにこだわる人から睨まれるかもしれない。自分の縄張りも変わる。大きな組織が縦割りになるのも、その怖さがあるからではないですか。

西成:鋭いですね。そうなんですよ。外に出るのに必要なのは勇気です。ブレイクスルーは勇気なしには生まれないんです。

倉成:かけ算に必要なのは、能力よりまずは勇気かもしれませんね。


【読者の皆さんへの課題 vol.2】

「たとえるビジネススクール」の読者の皆さんへの自主的最後課題。2回目はもちろん、かけ算の問題です。

『Q.あなたが今までに行った、かけ算について教えてください。かけ算やってないな…、と思う方は、この記事を読んで、これからやろうと思ったかけ算を教えてください』

お考えいただいた方はよろしければ、Xに「#mynt_たとえるビジネススクール」を付けて投稿してください。

西成先生と一緒に拝見します。


倉成英俊◎世界でも類を見ないプロジェクト専門会社、Creative Project Base代表。大小/公私/官民/国内外問わず、様々なジャンルで様々な方々と、面白くて、世界初で、意義のあるプロジェクトを同時多発的に実践中。この連載もその1つ。

西成活裕◎東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、博士(工学)。山形大、龍谷大を経て、現在は東京大学工学研究科教授。専門は数理物理学で、様々な渋滞を分野横断的に研究する「渋滞学」を提唱し、著書「渋滞学」(新潮選書)は講談社科学出版賞などを受賞。2021年イグ・ノーベル賞受賞。

文・写真=桜井 陽(創発型ジャーナリスト/写真家 株式会社flow代表) 編集=Forbes JAPAN