ワインと楽しく出合い、ハッピーになれる場所に。
現在は多くのファンを抱える葡蔵人も、開店当時は無名の新興ワイナリー。どうやって手に取ってもらうか考えた須合さんが打ち出したのは、ワインを難しいものにせず、楽しく軽やかに味わってもらう姿勢だった。
「ワインの知識があればあったで楽しいと思います。ただ、それが学校の授業のように、“覚えなくてはいけないこと” になると苦しくなってしまう。まずは、『ワインっておもしろいし、気軽でいいんだ』と感じてもらえる場所にしたいと考えました」
その発想を起点に、スパークリングワインをその場で瓶詰めして持ち帰れる「TAPスパークリング」をはじめ、人気のサービスが次々と生まれていった。ワインの顔ともいえるボトルラベルも工夫のひとつ。葡蔵人のラベルには、そのワインに合う食材やシーンがおしゃれなイラストで描かれている。
「何と合わせて飲めばいいか分からない、という声は思いのほか多いので、ラベルを参考に試してもらえるようにしました。ペアリングしておいしかった、と思ってもらえたらうれしいですし、ほかにも『こんな食材とも相性がよかった』というのを見つけたら、ぜひ教えてください、とお伝えしています。そうすれば、別のお客様に『こうやって楽しんだ方もいますよ』とご紹介できますから」
葡蔵人のワインを通じて、お客様が繋がっていく喜び。
「葡萄(ブドウ)」と人を幸せで繋ぐ「蔵(ワイナリー)」。その名のとおり、お客様同士の繋がりを生み出すことは、須合さんが当初から目指してきたことでもある。その代表例が、お客様が自らブドウを収穫したり、オリジナルのワインを醸造したりするイベントだ。
「葡蔵人は八王子にブドウ畑を持っていて、時期になるとイベントとしてお客様も一緒にブドウを収穫したりするんです。参加した方同士が仲よくなり、次は連れ立って申し込んでくれることもあるんですよ」
畑があるのは郊外のため、帰りのバスは本数が少ない。お客様たちから、収穫体験を終えた後は近くにある酒蔵でお酒を飲み、みんなでどれだけ葡蔵人が好きか話しながらバスを待つのだ、とメッセージが届くという。
常々、その輪に加わりたいと思っていた須合さん、収穫後にその酒蔵に集まりみんなでお酒を飲むイベントを作ってしまった。
「『葡蔵人のワインはおいしい』と聞くと、造ってよかったと心から思います。ただ、やりがいは何かと考えると、ワインが人と人を繋ぐ縁に携われたときかもしれません。楽しい時間の真ん中にワインがあって、幸せを生み出す種のようなものになる。そこに少しでも手を貸せたような感じがすると、とてもうれしくて」
年齢を理由に、何かを諦めることはしたくない。
知識も経験もないままワインの世界に飛び込んで、はや10年。新しいことに挑戦するときの心構えについて、須合さんに聞いた。
「私は恵まれた環境で挑戦し、決断できたほうだと思います。一緒にリスクを負ってくれる会社があり、仲間がいましたから。その立場で言えることがあるとしたら、迷うときは十分迷ったらいいと思います」
うまくいく想像と心配なこと、その両方に目を向けてみて、もし心配が大きすぎるなら、いまではないのかもしれない。でも、やってみたい気持ちが心配を少しでも上回るなら、始めてみればいいのだ。
「歩みを進めるなかで、また右か左か迷うときがくる。そのときはまた、じっくり迷えばいいし、違ったなと思ったら引き返せばいい。これまでと違う選択肢が気になるなら、やったらいい。ひとつの正解に固執しないことも大切です」
そんな軽やかな須合さんも、50代になったとき、落ち込みが抜けない時期があったのだとか。
「社長をはじめ、会社にいるのは私より若い人ばかり。『年を取ってしまった。若い頃にはもう戻れないんだ』という気持ちがずっとあって。でも、年齢を理由に何かを諦めることはしたくないな、と思えて吹っ切れました。悩んだときはひとりで抱え込まないこと。リフレッシュできる方法を見つけるとか、誰かに話を聞いてもらうのでもいい。前に進むためにはそういう時間も必要です。いつかやろうの『いつか』は絶対にこないので、動くときは動かなきゃ。私たちは今日がいちばん若いんですから」
須合美智子(すごう・みちこ)
1970年、岩手県生まれ。高校卒業後、東京の信用金庫に勤務。結婚を機に退職し、家業の中華料理店を手伝いながら子育てに携わる。家業の閉店後、現在の運営会社であるK'sプロジェクトが営む飲食店でパート勤務を開始。45歳のとき、同社が新たに始めるワイン事業に醸造担当として立候補。山梨県のワイナリーで研修を受け、2017年、都市型ワイナリー「葡蔵人~BookRoad~」を東京・御徒町にオープンした。以来、ひとり醸造担当としてワインと向き合い、都内で唯一、日本ワイナリーアワードの三つ星を5年連続で受賞している。
https://www.bookroad.tokyo/
取材・文:木内アキ 編集:フィガロジャポンBWA事務局


