40歳でまた新たな世界へ。年齢にとらわれず、伸びしろを信じる。

妹の紹介という縁で次に進んだのが、不動産テックのスタートアップだった。子どもとの時間を確保するために、「16時には退社する」「夏休みは1カ月休む」という条件を受け入れてくれて、入社を決めたという。不動産の知識はゼロ。それでも英語やエンジニアとしての経験など、自分がすでに持っているものを生かしながら、少しずつ仕事の幅を広げた。やがて子どもの成長に合わせて勤務時間を延ばし、アルバイトから正社員へ。カスタマーサクセスやプロダクトマーケティング、立ち上げ期の事業など、任されることが増えていった。

「子育て期を経て社会に戻る第一歩ではありましたが、ここで学んだことは本当に多かったです。スタートアップは、リモートワークや時短勤務など、状況に合わせて働き方を相談しやすい環境でもありました。子育てで培ったマルチタスク力も生かせたし、たとえブランクがあっても、また挑戦できると実感したんです。まだ形になっていないことに挑戦できる、スタートアップの環境が好きになりました」

不動産テック企業で6年間働いた後、縁あって40歳でフィンテックのスタートアップへ転職。ようやく仕事に自信を持てるようになったところで、またしてもゼロからのスタートだった。「こういうキャリアにする」と最初から決めていたわけではなく、その時、その場所でできる一歩を探し、踏み出してみる。少し余裕が生まれたら、もう一段だけ負荷のかかる場所へ進む。それが前田さん流の成長の方法だ。現職のSBI証券へ転職した時も同じだった。

「新しい環境に入ったら、最初の3~6カ月は苦労するものだから、毎日、頭をフル回転させて背伸びし続けるしかない。年齢を重ねて新しい会社、新しい分野に入ったら、恥をかきながらでもとにかくがんばるしかないと思っていました。

そんなある時、3人の男の子を育て上げたSBI証券の女性取締役に出会い、身近にロールモデルが存在することの大切さを感じました。さらに、現在の上司が、金融とエンターテインメントの架け橋をつくることを模索していると知り、『この人の下で働いてみたい』と思ったことが、SBI証券への転職を決めた理由です」

働くことも、母であることも大切にしながら、まだ知らない50代へ。

仕事で得た専門性も、子育ても、遠回りや失敗も、年齢を重ねるほど自分の中に蓄積されていく。そうしたものをフル動員できることこそがキャリア形成であり、本当の成長なのかもしれない。それまで別々だった点が、ある時思いがけない形で繋がることだってあるからだ。

「20代の時より30代のほうが、できることが増えますよね。30代をがんばってきたから、40代にもっとできる幅が広がる。40代をがんばれば、その先に50代がある。年齢を重ねるほど、挑戦できることって増えていくと思うんです」

そして、未来の選択肢を考えるうえで欠かせないのが「お金」だと、前田さんは言う。若い頃には知識のないまま投資を始め、失敗も経験した。一方でアメリカ生活では、自分が学ぶことや子どもの経験にはお金を惜しまなかった。大切なのは、まず自分のお金を知ることだと話す。

「その時にしかできない経験は、その後の人生を豊かにしてくれる。だから、使うべきところには使いたいと思ってきました。1年後、5年後、10年後に何が必要なのかを知る。そして、できる範囲で小さな投資を始めること。まだ何もしていない人にとっても、いちばん早いのは“いま”ですから」

仕事か、家庭かの二者択一ではなく、どちらも自分の人生の大切な要素として続けること。それが、前田さんが長い時間をかけて見つけてきた答えなのだろう。40代半ばになったいまも、前田さんは「まだ伸びしろしかない」と笑いながら、現在の会社にいる先輩女性をロールモデルにしているという。

「『この人、素敵だな』『こんなふうになりたいな』って、日常の中で出会う人に対して思うことがありますよね。そんなロールモデルを意識していると、自然とよりよいキャリア、人生を歩むためのアンテナが立つ気がするんです。私自身も、カッコいい50代、清々しい50代になりたいと思っています」

人生は、思い通りには進まない。でも、だからといって諦める必要はなく、急いで答えを見つけなくてもいい。身近な憧れや理想を思い描きながら、その時の自分にできる一歩を踏み出すこと。その積み重ねの先に、前田さん自身もまだ知らない、新しい50代が待っているのだろう。




前田千里(まえだちさと)
シーメンス社でX線システムエンジニアとしてキャリアをスタートし、主要顧客向けの技術コンサルティングやソリューションプランニングにも従事。アメリカ滞在を経て、不動産テックスタートアップWealthParkに入社し、法人顧客向けサービスのカスタマーサクセス、プロダクトマーケティング、新規事業の立ち上げに携わる。その後、ファンズにてフィンテック分野の事業開発などに従事し、主要金融機関との提携や航空会社、地方自治体、メディア企業など業界横断的な取り組みを主導。現在はSBI証券にて事業開発や戦略的提携などに携わる。




取材・文:須賀美季 編集:フィガロジャポンBWA事務局