問われる「リスクの解像度」
では、企業はこの構造変化にどう対応すべきなのか。
地経学研究所所長で東京大学公共政策大学院教授の鈴木一人氏は、従来の「チャイナ・プラス・ワン」という発想だけでは、もはや十分ではないと指摘する。
「チャイナ・プラス・ワンという言葉が生まれたのは十数年前です。当時は、中国への生産集中リスクを避けるため、ベトナムやタイなどへ生産を分散することが有効でした。しかし現在は『中国がダメなら他へ』という単純な話ではありません。重要なのは、中国の産業政策が自社の業界にどのような影響を及ぼすのかを、高い解像度で見極めることです」
中国政府は近年、自国産業の育成を優先する政策を強めている。競争力を確立した分野では外資規制を強化する一方、不足する技術分野では海外企業を取り込み、技術獲得を図る。そのため、業種ごとにリスクは大きく異なり、一律の評価は成り立たない。
「企業は中国事業を続けるか撤退するかという二者択一ではなく、自社の事業が中国の産業政策の対象になり得るのか、どのような規制リスクがあるのかを業界ごとに分析し、複数のシナリオとバックアップ体制を用意しておく必要があります」(鈴木教授)
こうした変化は、企業が向き合うリスクそのものも変えている。これまで企業が想定してきた地政学リスクは、中東情勢や台湾海峡情勢など、「いつ起きるか」は分からなくても、一定程度は織り込めるリスクだった。
しかし現在は、政府が安全保障を理由に輸出規制や関税、投資規制を突然打ち出し、ビジネスの前提そのものを書き換える「地経学リスク」が企業経営を左右している。
「現代の地経学リスクの本質は、政治的目的のために経済が武器として使われることです。企業にとって問題なのは、市場原理では説明できない政治判断によって、昨日まで成立していたビジネスが突然成り立たなくなることです。だからこそ、政治を『外部要因』ではなく、経営戦略の変数として組み込まなければなりません」と鈴木教授は語る。
政治は政治、ビジネスはビジネス、という時代は終わった。サプライチェーンを分散するだけでは十分ではない。政治と経済が不可分となった世界では、自社のリスクをより高い解像度で把握し、「政治の不確実性」をも前提に経営戦略を構築できるかが問われるだろう。それが企業の競争力にも直結してくることになる。
鈴木教授は以下の動画インタビューで、米中対立で世界のビジネス地図がどう変わるのか、日本企業が今後取るべき戦略についてさらに詳しく解説している。
執筆:安藤智彦
参考文献
- Evan S. Medeiros, “A New and Dangerous Era for US-China Ties”, Chicago Council on Global Affairs, February 19, 2026.
- The Hinrich Foundation Trade Podcast, “How the US-China Race Shifted from Tariffs to Chokepoints”, June 23, 2026.
- Financial Times, “‘Tit-for-tat’ Trade Warfare Threatens Global Economy, Says IMF Chief Economist”, June 26, 2026.
- Eswar Prasad, The Doom Loop: Why the World Economic Order Is Spiraling into Disorder, Basic Books, February 3, 2026.
- BCG Henderson Institute, “The Doom Loop with Eswar Prasad”, March 3, 2026.