「フィジカルAI」が期待される理由
──日本成長戦略で掲げられた戦略17分野の筆頭に位置する「AI・半導体」。その中でも、「フィジカルAI」はトップで取り上げられ、2040年度までに10.5兆円の投資が宣言されました。さらに令和8年7月14日に閣議決定された人工知能基本計画では、「バーティカルAI」と併せて「フィジカルAI」が成長戦略の柱になるなど、重要な国家プロジェクトとして位置づけられています。
一方で、現場では「フィジカルAI」をよく理解できていないにも関わらず、注目度は増していくというギャップがあるように映ります。研究者の目から見て、この現状はどう受け止められていますか?
石黒:ChatGPTが流行ったことで、なんにでもAIを付けるのが流行りになっているのは感じますね。僕は30年以上ロボットの研究をしていますが、「AI(人工知能)」という言葉を使ってはいけないと言われ続けてきたんです。それは「知能とはなにか」の答えが出ていないから。知能が分かっていないのに「人工知能の研究」はできないというのが理由です。
これだけAIという言葉が流行っているのを見ると、中身が変わらないスマホを「AIフォン」と名前を変えるだけで、ものすごく売れる気がしますね。
──「フィジカルAI」は、体を持つAIとも言われています。これは、知覚し、判断し、行動ができるロボットという理解で良いでしょうか?
石黒:正確な定義は僕にもわかりません。しかし、一般的に「フィジカルAI」は、ニューラルネットワーク(機械学習)を使って動くロボットを指していることが多いです。でも、ニューラルネットワークもプログラミングの範疇。多くの人が「AI」が付いているから、すごいもの、新しいものが出てきたと思っているだけで、研究者からすれば、従来のプログラミングで動くロボットと変わらないですし、我々のアルゴリズム研究の内容が大きく変化したということもありません。無論、従来よりも遥かに性能は向上しているのですが。
──「フィジカルAI」がプログラミングで動くロボットと変わりがないのであれば、企業や投資家などがここまで注目している理由は何だと思われますか?
石黒:ノーベル賞を取ったジェフリー・ヒントン先生の、ディープラーニングという効率のよいニューラルネットワークの学習アルゴリズムの研究があって、それがChatGPTや大規模言語モデル(LLM)につながっていったわけです。これが世の中を変えたことは間違いない。AIが出てきたことで変わったという感覚があるから、「AI」や「フィジカルAI」に対して人は夢を持つし、投資もする。それだけ期待が大きいんでしょう。
「フィジカルAI」は現場の救世主となり得るか
──製造業や配送業、人手不足の問題を抱える業界などで「フィジカルAI」の導入が期待されていますが、現時点で実際に「フィジカルAI」が導入されている業界をお聞かせください。
石黒:映像などを見て、配送業や製造業で必要な部品をピッキングして、運んで作業をして……といったような人型のフィジカルAIが導入されていると思っている人もいるかもしれませんが、実際に導入されているのを僕は見たことはありませんね。全て試験的な段階です。また、企業も成功した作業の様子は映像としてアップするでしょうけれど、失敗は動画にしませんから。
──つまり、ネット上のプロモーション動画でしかないものも多く、現場の導入までにはまだ時間がかかりそうなのですね。
石黒:人型ではないですが、現場に導入されているものとして、商品の傷とか規格外のものを弾く、選別ロボットはあります。そのロボットがニューラルネットワークを使っている可能性は充分にある。ただ、それは今のAIができる前からある技術です。最新のAIをとり入れることで精度が上がると思いますが、従来からの選別ロボットも最適化されていて、相当優秀ですからね。
──では、自動運転はどうでしょう? アメリカでは2018年12月から商用運行始まったサービスもありますし、日本では2023年4月以降、公道での実証実験が継続的に行われています。
石黒:確かに「Waymo(ウェイモ)」(※アメリカ国内で自動運転タクシーとして営業している)は実用化できていますけれど、ものすごくたくさんセンサーを付けて、走る前に町中を3Dスキャナでスキャンしないといけないので、今の所、黒字になっていないと思います。もともとがGoogleのプロジェクトで、潤沢な資金があったからできたことなんです。今後、世界中でウェイモが営業できるようになったら採算が取れる可能性はありますけれど、こういうのは、GAFAみたいな世界的企業じゃないと絶対に無理でしょう。
──では、少し話題を変えて、先生が今後、フィジカルAIで実現したいことをお伺いします。先生がCEOをされているAVITAではアバター(分身ロボット)を使ったサービスを提供されています。アバターは将来どんな役割を担うとお考えですか?
石黒:我々の社会は、「人間がいること」が前提の社会ルールになっています。だからこそ、僕はアバター(分身ロボット)に力をいれなくてはいけないと思っているんですよ。医療や薬事、法律とか、最終的には人間が判断をしなくてはいけない仕事がたくさんあります。小さなことでいえば、コンビニでの買い物の年齢確認だって、人が最終判断をしますよね。
レジにフィジカルAIを導入したとしても、必要な時には、遠隔操作で人が中に入ってサービスを完結させないといけないんです。
──そこで人の分身となる、アバターが必要になるわけですね。
石黒:そうです。でも、アメリカやヨーロッパは、完全自律型のフィジカルAIを社会実装しようとしています。既存の社会的な構造を維持したいから、ロボットが人と同じようにしゃべったりする世界を望んではいないんでしょう。ただただ人間のために働いてくれるロボットを求めているわけです。でも、それでは社会が回らなくなってしまう。
──社会のルールは人が介在することが前提になっているからこそ、人とロボットを完全に分けてしまうとフィジカルAIでできることがかなり限定されてしまいそうです。
石黒:ロボットを受け入れる土壌があるのなんて日本ぐらいじゃないかと思いますよ。そして、それができるのは日本では、社会的な階層構造が比較的明確ではないからです。日本から人間とAI・ロボットが分け隔てなく共存できるような社会をつくり、世界にお手本を見せていく。フィジカルAIを使って、我々人間がもっと進化できることを示していく。そういうことは、日本にしかできないと思います。
「AI」を学び、スキルとして身に付ける時代へ
──AIの利用が広がったことによって、「新しいテクノロジーが人間の仕事を奪う」というような言葉をさまざまなところで耳にします。この「AI」や「フィジカルAI」に対する危機感についてはどう見ていますか?
石黒:産業革命の時代に「自動織機ができたことで、機織り職人の仕事が奪われる」から始まって、未だに新しい技術が生まれるたびに、同じ話が出るのが本当に不思議です。新しいテクノロジーの仕組みを知って、使い方を学んで私たちはここまで発展してきたわけですから、歴史を学べば、心配する必要などないことが分かるはずですよ。
──「AI」に限らず、新しいテクノロジーが広がるたびに起きたことでしかないという受け止めをされていると。
石黒:例えば、現代でパソコンが使えませんという人は、働く業種がかなり絞られます。そうなれば、パソコンの使い方を学びますよね。それと同じです。AIを学ぶことが当たり前になる。すでにプログラマーはAIを使えることが求められていますよ。僕が雇うプログラマーはAIを使えることが必須条件です。AIが使えれば、効率が約10倍上がりますから。
歴史は学んだ方がいいし、これからAIでどんどん生産効率上がるので、期待はしてほしいけれど、どこまで本当にできているかは、よく見て確かめてください。編集され発信された映像ではなく、自分の目で成功例と失敗例を見ることで、いつフィジカルAIが本当に役に立つのか、自分の感覚でわかってくるのではないでしょうか。
──これからのビジネスパーソンに求められるのは、「AIを知り、学び、使いこなすこと」なのですね。本日は興味深いお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
取材・文=髙橋優子 写真(提供)=大阪大学 編集=Forbes JAPAN / フリート

