「とりあえずビール」という言葉が、かつての熱を失いつつある現代。私たちが求めているものも、単に喉を潤すアルコールではなく、その一杯をわざわざ選ぶ「納得感」や「ストーリー」へと変わりつつあります。
連載第2回で訪ねたのは、奈良県葛城市に蔵を構える『梅乃宿(うめのやど)酒造』。1893年創業の老舗でありながら、2026年4月、日本酒業界では極めて異例となる東証スタンダード市場への上場を果たし、大きな話題を呼びました。
伝統を重んじる酒造りの世界で、なぜ彼らは「上場」という、一見すると対極にあるような道を選んだのか。その裏側にある、お酒の未来を見据えた戦略について、同社の上席執行役員・古澤幸彦さんにお話を伺いました。
「家業」から「公器」へ。上場がもたらした組織変革
――日本酒蔵の東証スタンダード上場は非常に珍しいケースです。改めて、この決断に至った背景を教えてください。
古澤さん(以下略):最大の理由は、100年先も「ワクワク」を届け続けられる企業であるための変革です。これまでの梅乃宿は、良くも悪くも100年続く“自前主義”。自分たちのやり方だけで経営してきました。
しかし、5代目にあたる現在の吉田佳代社長が「自分たちだけの力では、これ以上の成長スピードは出せない」と危機感を抱いたんです。そこでファンドと提携し、より多くの知見を入れることによって、会社をより良くしていこうと決断しました。ファンドと提携するからには出口戦略が必要となりますが、売却は考えていなかったため、おのずと上場の道へ進んだわけです。
――組織内での反発や戸惑いはありませんでしたか?
社内では大きな混乱はありませんでしたが、親族の間では葛藤もあったと聞いています。それを後押ししたのが、社長の父である4代目の吉田暁氏でした。「面白いやんけ、やってみろ」と。
上場して変わったのは、ガバナンスと数字の意識です。従来は、社内のルールが曖昧だった部分も多々ありました。それが、各セクションの役割が定義され、進むべき目標が数値化されました。役割がハッキリすることで、社員が迷いなく前向きに働けるようになり、組織としての一体感も増したと思います。
社長がよく言うのが、「社員がご機嫌であること」の重要性です。前職の商社で働いた社長自身の経験から得た、「社員が納得感を持ち、機嫌よく働ける環境こそが、最高の製品を生む」という哲学が、上場を経た今、より深く浸透したと考えています。


