エンタメだけでなく、製造業でも活用が広がる「空間コンピューティング」
──体験やゲームコンテンツなどを通して、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)は一般にも認知が広がっていますが、「空間コンピューティング」を通じた実際の利用シーンはまだ広く知られていないのが現状です。「空間コンピューティング」とはどんなものでしょうか。
渡邊:「空間コンピューティング」は空間がディスプレイになる仕組みで、耳や目でインプットし、視線や会話でアウトプットができる、人の五感に直結するインターフェイスであることが特徴です。実際に利用するには空間を認識するセンサーと、それをリアルタイムで処理して描写を行うことができるデバイスが必要です。機種によっても異なりますが、最近のデバイスはスマートグラスといわれる眼鏡型のものやヘッドセット(ゴーグル型)が多いですね。パソコンやスマホとつないで使うものや、デバイス単体で完結するものなどさまざまです。 このデバイスを使うことで、空間自体をコンピューターのように利用できるようになります。例えば、バーチャルのキーボードを出して入力ができるなど、リアルと変わらないようなかたちで見たり、聞いたり、体験できるようにもなりますね。
──現在、「空間コンピューティング」が活用されている業界はどんなところで、具体的にどのように利用されているのでしょうか?
渡邊:製造業やエンターテイメントなどの業界で空間コンピューティングは広がっています。例えば自動車メーカーでは、デバイスを付けて車のボンネットを開けると、必要なパーツ、位置、部品番号などが出て整備補助をしたり、作業現場では作業手順の映像をサブウインドウで出したりといったこともできます。 また、VRゲームなどは一般にも広く知られていますが、私たちが事業でやっているLBE(ロケーション・ベース・エンターテイメント)も世界中で人気のコンテンツになりつつあります。美術館などの特定の場所で、まるでテーマパークのアトラクションのような体験ができるものです。
──空間コンピューティング体験の種類として、AR、VR、MRを合わせたXRのサービスを展開されている立場から、それぞれの特徴や表現の違いを聞かせてください。
渡邊:人によって解釈は違うかもしれませんが、ARは「Pokémon GO」をイメージしてもらうと分かりやすいと思います。スマホやグラスを通して、日常空間にキャラクターを出すなど、ARは現実の景色にデジタル情報を重ねる技術です。空間認識を使って、現実の物体に応じた動きを表現することもできます。 VRはバーチャルの世界。私たち自身もアバターなどになって、架空の世界に実体験のように入り込むことができますが、現実の世界とはまったく別になります。 MRはARとVRがミックスした世界で、現実空間と仮想の物体を融合させ、相互作用させる体験として使われる呼称です。例えば、現実のテーブル上をバーチャルのキャラクターが歩いていたとして、歩き続けているキャラクターが、机の端から落ちてしまうといった表現ができるのがMRです。
私たちは、このAR、VR、MRを組み合わせて、現実とバーチャルを行ったり来たりするXRの体験型コンテンツをつくっています。仮想の空間にいるように見えながら、リアルに触れる部分があることで、「没入型」体験が提供できるのが特徴です。 ただ、これが言葉での説明では分かりにくく、実際に体験してもらわないと伝わりません。
世界企業が開発に心血を注ぐ、デバイスの現在地
──デバイスの種類や形状はさまざまだということですが、主要なデバイスは具体的にどんなものがあるのでしょうか?
渡邊:MRやVRを使う人であれば、 Meta QuestやPICO 4 Ultra、グラスARならXREALシリーズ、AIならRay-Ban MetaやEven G2などでしょうか。Apple Vision Proは業界内のほとんどの人が触れたことがあると思います。とはいえ、これらのデバイスを持っている人は、それほど多くないのが現状ですね。画面の有無や使える機能、価格は製品によって異なりますが、価格感はひとつのネックといえるでしょう。なにしろ、2024年6月に日本で販売が開始されたApple Vision Proは599,800円(税込・発売当時)。ただし、現在の空間コンピューティングデバイスの中でも最上位のモデルといって過言ではありません。このデバイスをきっかけに、他デバイスの開発が急速に進み、並行してLBEなどのビジネスや興行化が加速度的に進んだと感じています。
Apple Vision Proは、12個のカメラ、5つのセンサー、6つのマイクを搭載し、空間におけるさまざまな情報を瞬時に収集・処理できるのが特徴です。例えば、目の前にバーチャルのコップが置いてあるとします。Apple Vision Proは、周囲の光の色や明るさを描画に反映し、アプリ側で設定した材質や影と組み合わせて、仮想のコップを現実空間になじむように表現します。音の出力は空間オーディオと呼ばれ、周囲の空間や仮想環境に応じて、アプリの音の方向や響き方を調整できます。広いところで話していれば、それをきちんと反響した形で聞こえるようにし、逆に狭いところで話していれば、こもったような音にする。さらに声や目線、ハンドアクションで精度の高い操作ができるデバイスという意味でも、まさにゲームチェンジャーと言えます。
──先日、Meta社が新モデル「Meta VR Glasses」を2027年春に発売することを発表し、話題になりました。
渡邊:「Meta VR Glasses」は発表段階の情報ではありますが、サングラスのような形状でありながら、目を覆う没入型の形状になっています。 高性能であることはもちろんですが、重さは約100g、価格は1,299.99米ドル(日本円価格は未定)※になると言われています。かなり軽いですよね。身に付けやすさ、価格も含めて、日常で使うことを本気で考えられていている設計だと思います。
Ray-BanやGUCCI、OAKLEY、Gentle Monsterなど、ファッションブランドともコラボしながらスマートグラスを作る流れが出てきているので、ファッションアイテムとしても洗練されたものが増えていくのではないでしょうか。
あとは、文化的キラーコンテンツである「AI利用」がすでに広がっていることもポイントだと思います。例えばスマートグラスをいつも身に付けていれば、「2か月前に先輩が話していたおいしい焼肉のお店ってなんて名前だっけ?」と聞けば、AIが答えてくれるといったことが当たり前になる。わざわざスマホを開かなくても仕事でもプライベートでもAIがサポートしてくれるわけです。この便利さが「空間コンピューティング」を日常にしていくと私は考えています。
空間コンピューティングはいずれ日常の一部に
──ディスプレイに表示される映像やタッチセンサーなどの仕組みについて教えてください。
渡邊:弊社が開発し、提供しているLBE「Space Travelium TeNQ(スペース・トラべリウム・テンキュー)」のコンテンツを例に説明します。「THE MOON CRUISE」は宇宙旅行をテーマに、VR空間内で実際に歩いたり触れたりしながらストーリーが進んでいく約20分間の体験です。
実は、LBEは空間さえ用意できてしまえば実装でき、実際にアトラクションをつくるよりも圧倒的にコストパフォーマンスが良いのも、今LBEが注目されている背景です。世界中で建築費が高騰していますが、施設・設備への投資が最小限で済みます。見せる風景や装飾はデジタルで表現できるので、同じ場所にある椅子や手すり、棚でも色やデザインを変えて映し出せば、違う場所のように見せることも可能です。しかもそのコンテンツはコピーができるので、同じような空間さえ用意できれば、世界中で体験してもらえます。
仕組みとしては、室内であれば、壁や柱などにマーカーやQRコードを貼り付けます。デバイスのカメラがマーカーを認識したら、見せるべき映像や音声をリアルタイムで出力するという仕組みです。 屋外の場合はマーカーを街中に貼り付けるというわけにはいかないので、GoogleやMultiset AI などが開発しているVPSという誤差数cm以内で位置を特定できるシステムなどを利用して、コンテンツを表示します。 VPS対応のスマートグラスをかけて外に出たら、ビルの奥から恐竜が出てきたり、イベントを開催しているときには街全体を特定のビジュアルでラッピングしたりすることもできます。エンタメだけではなく、町おこしや観光、防災まで、幅広く応用され始めています。
──今のところ、空間コンピューティングに日常的に触れている人は、ゲームやガジェットが好きな一部の人々に限られているように感じます。一般に広がる上でネックとなっているのは、やはり価格でしょうか。
渡邊:それは間違いないですが、技術の進化とともに徐々に軽量化とコストダウンも進んでいると思います。とはいえ、デバイスにもよりますが10〜20万円はするものなので、すでに定着しているスマートフォンやスマートウォッチに追加してスマートグラスを買いたいと思わせるきっかけがあるかどうかでしょう。 もうひとつの課題は法整備にもあります。これらのデバイスにはカメラやマイクが付いていて、使い方によっては周りを映したり、録音されている状態になりますので、個人情報の扱いや盗撮、盗聴の問題をクリアにしなければなりません。
──これから先、「空間コンピューティング」が日常になった時に、日本企業がアドバンテージを取れる領域とは。
渡邊:デバイス開発はGAFAのような莫大な資本がある企業との競争になるので、大きくシェアを取るのは難しいでしょう。私が期待しているのはソフトウェアの部分、コンテンツです。実際に日本のコンテンツはクオリティとストーリー性の評価が高く、海外からの引き合いも多くあります。空間コンピューティングを活用したエンターテイメントは大きな産業になるのではないかと思っています。そのためには、単なる技術だけではなく、体験者を没入させる綿密な世界観とストーリー設計が欠かせません。
──「空間コンピューティング」の普及に向けて、これから渡邊さんが挑戦したいことを教えてください。
渡邊:先ほどもお話したように、私は「空間コンピューティング」を活用した日本のコンテンツ配信ビジネスは一大産業になるチャンスがあると感じています。この産業を大きくするためには、XRを用いたLBEコンテンツ市場を作り、日本からの配信だけでなく、日本に配信をしたい海外のコンテンツホルダーとの懸け橋になるプラットフォームが欠かせません。そこで、私たちは通信や不動産、メディアなど25社と共同で2026年7月に「LBEC(Location-Based Experiences Consortium)」を発足しました。 XR型LBEコンテンツのフォーマットやルールを決めること、そして日本で配信プラットフォームをつくることで、市場の拡大と流通促進を進めて、日本がLBEコンテンツの拠点になるように整えていきたいと考えています。
──近い将来、空間コンピューティングが幅広いものに応用されて、私たちの身近になることがよくわかりました。本日はありがとうございました。
取材・文=髙橋優子 写真(提供)=STYLY 編集=Forbes JAPAN / フリート

