米国株は、まもなく「眠らない市場」に一段近づきます。

Nasdaqは市場インフラの準備などを条件に、2026年12月6日から米東部時間午後9時〜翌午前4時の夜間取引セッションを新設する予定です。既存の通常取引・時間外取引と合わせ、途中に午後8〜9時の休止を挟む「1日23時間・週5日」の取引体制になります。NYSE Arcaも同日の開始を目指して準備を進めており、平日にこれらの取引所が閉まっている時間はほとんどなくなります。

米証券取引委員会(SEC)は2026年9月17日、24時間取引への準備をテーマに公開討論会を開きました。夜間の監視体制や清算・決済、投資家保護などが議論され、取引時間の拡大を支えるルールづくりが進んでいます。

背景にあるのは、米国株の世界的な需要です。ニューヨークの昼間は、日本を含む東アジアでは夜にあたります。米国の夜間に売買できるようになり、日本の証券会社も対応すれば、日本の投資家も、日中など自分の生活に合う時間帯に米国株を売買しやすくなります。

  • Nasdaqが2026年12月6日から導入を予定している「1日23時間・週5日」の取引時間。米東部時間の午後9時から翌午前4時まで夜間取引が加わる(出典:Nasdaqの公式資料を基に編集部作成)

    Nasdaqが2026年12月6日から導入を予定している「1日23時間・週5日」の取引時間。米東部時間の午後9時から翌午前4時まで夜間取引が加わる(出典:Nasdaqの公式資料を基に編集部作成)

個人投資家向けサービスでは、この変化はすでに始まっています。金融スタートアップから成長したRobinhoodは2023年5月、一部の株式とETFを日曜午後8時から金曜午後8時まで売買できる「24 Hour Market」を発表し、段階的に提供を広げてきました。

今回の動きは、こうした個人向けサービスが先行して開拓してきた夜間取引を、主要な取引所も取り入れ、市場インフラとして支える段階に入ったことを意味します。

かつて株式投資には多くの壁がありました。証券会社に電話で注文していた時代から、ネット証券やスマートフォンの普及によって手間や手数料が下がり、少額投資も広がりました。投資できる「場所」の制約が薄れ、「資金」のハードルが下がり、今度は「時間」の制約まで小さくなろうとしているわけです。

これは、投資へのハードルを下げ、より多くの人が参加できるようにする「投資の民主化」の延長線上にある動きともいえます。

では、取引できる時間が増えれば、投資家はより良い判断ができるようになるのでしょうか。必ずしもそうとは言えません。投資を身近で便利なものにするほど、感情のままに動いてしまう機会も増えるからです。投資の民主化には、そんな逆説も潜んでいます。

「待たされる時間」は本当に無駄だったのか

たとえば、利用している証券会社では売買できない時間に、保有企業の業績悪化を伝えるニュースを見たとします。

その場では株を売れず、取引再開まで待つしかありません。しかし、その間に決算資料や専門家の分析を確認できます。少し時間を置くことで、「全部売らなければ」という焦りが和らぐこともあるでしょう。

これまで不便とされてきた「取引できない時間」は、見方を変えれば、感情と取引の間に挟まる「摩擦」でもありました。投資サービスは長らく、この摩擦を取り除く方向に進化してきました。

スマホでいつでも買い物ができるネット通販の便利さは、私たちもよく知っています。ただ、株式投資では、感情に流されずに判断することも重要です。不安に駆られた瞬間に売買できる環境が、必ずしもプラスに働くとは限りません。否応なく立ち止まらされる時間には、冷静さを取り戻す余地を生む役割もあったのではないでしょうか。

いつでも取引できる自由が「いつでも判断する負担」に

もちろん、24時間取引には明確なメリットもあります。決算発表や経済指標、政治的な出来事など、株価を動かすニュースは市場の営業時間に合わせて起きるわけではありません。米国の投資家にとっても、仕事を終えてから自分の都合に合わせて売買できる利点があります。

ただし、「いつでも行動できる自由」は、「すぐに行動すべき」という心理的プレッシャーにもつながり得ます。

たとえば夜中にSNSを見ていると、購入を検討していた株が急騰しているという投稿が流れてくる。アプリを開くと、本当に価格が上がっている。その場で売買できるなら、「今買わなければ乗り遅れる」と焦るでしょう。取引できる時間がほぼ途切れなく続く環境では、FOMO(取り残される恐怖)に駆られて飛びついてしまう場面も増えるかもしれません。

24時間取引は市場へのアクセスを広げる一方で、投資家と市場との心理的な距離を縮めすぎてしまう側面もあります。参加しやすくなった分、相場から離れにくくなるという点にも目を向ける必要がありそうです。

夜中の株価は、昼間の株価と同じではない

もう一つ注意したいのが、時間帯によって売買の条件が異なることです。

夜間取引では通常、市場参加者が少なくなるため、売り手と買い手が出会いにくく、買い気配と売り気配の差である「スプレッド」が広がる可能性があります。少ない注文で価格が大きく動く可能性もあります。Robinhoodも、24時間取引のリスクとして低い流動性や大きな価格変動、広いスプレッドを挙げています。

  • 2026年8月の米国株の夜間取引は、売買株数ベースで全体の0.9%にとどまる。夜間取引は米東部時間午後8時~翌午前4時を対象とする(出典:SECの2026年9月公表資料を基に筆者作成)

    2026年8月の米国株の夜間取引は、売買株数ベースで全体の0.9%にとどまる。夜間取引は米東部時間午後8時~翌午前4時を対象とする(出典:SECの2026年9月公表資料を基に筆者作成)

スマホの画面上では、昼も夜も同じようにチャートが動いているように見えるかもしれません。しかし実際には、参加者の数も注文の厚みも違います。金融サービスの操作が簡単になるほど、その裏側にある市場の複雑さが利用者から見えにくくなる。これも「投資の民主化」が抱える課題です。

  • 2026年8月の米国株取引において、売買株数に占める上位10銘柄の割合は、通常取引が10.3%、夜間取引が43.4%だった(出典:SECの2026年9月公表資料を基に筆者作成)

    2026年8月の米国株取引において、売買株数に占める上位10銘柄の割合は、通常取引が10.3%、夜間取引が43.4%だった(出典:SECの2026年9月公表資料を基に筆者作成)

次の金融サービスは「取引しない自由」を支えられるか

日本を含む海外の投資家が、自分の生活時間に合わせて米国株を取引できるメリットは大きく、ニュースが出たときに動けないこと自体をリスクと感じる人もいるでしょう。だからこそ重要なのは、取引の機会を生かしつつ、投資家の不安や判断の負担をどう軽くするかです。

これまで金融サービスは、「より簡単に」「より安く」「より速く」取引できることを競ってきました。しかし取引の摩擦がほぼなくなった世界では、これまでとは違う役割も求められます。

例えばRobinhoodは、夜間取引の注文を、売買する価格の条件を指定する「指値注文」に限っています。Nasdaqも、新設する夜間セッションでは価格を指定しない注文を受け付けない方針です。

こうした仕組みに加え、情報の伝え方にも工夫の余地があります。例えば夜間に株価が急落した際、下落率だけを通知するのではなく、その時点の取引量やスプレッドも分かりやすく示す。どれだけ価格が動いたかとともに、どのような状況で動いたかを伝えることで、利用者が値動きだけに反応せず、売買の必要性を考える手助けになります。

株を24時間売買できるとしても、私たちまで24時間投資家でいる必要はありません。投資の民主化で「取引する自由」が広がったいま、次に問われるのは、「取引しない自由」をどう支えるかではないでしょうか。

  • いつでも取引できるからこそ、相場と向き合う時間も、そこから離れる時間も、自分で選びたい

    いつでも取引できるからこそ、相場と向き合う時間も、そこから離れる時間も、自分で選びたい

※本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品への投資を勧誘するものではありません。投資には元本割れのリスクがあります。投資判断はご自身の責任で行ってください。