高齢化が急速に進む日本で、介護人材の需要は高まるばかり。重労働という側面もあり、もっとしっかりした待遇が用意されていても、なんら不思議ではないように思います。

しかし、一方では低賃金が嘆かれる状況もあり、不思議に思う方もいるのではないでしょうか?

介護職の給料は「施設のがんばり次第で自由に上げられる」ものではありません。国が決める介護報酬によって収入の大部分が決まるため、賃上げにも制度改正が大きく関わっています。

そんななか、2026年6月に介護報酬の改定が行われ、介護職員について定期昇給を含めて月最大1.9万円の賃上げが可能となる措置が盛り込まれました。介護報酬は通常3年に1度のペースで改定されますが、例外的に3年を待たずしての改定となりました。

今回の改定で注目したいのが、賃上げの上乗せ条件として介護事業所・施設の生産性向上が掲げられたことです。国として、介護職員の待遇改善と、施設のDX化・業務効率化を連動させようとする意図を感じます。

とはいえ、実際にどれくらいの事業所でDX化が進められているのでしょうか。また、これから賃上げが介護職員全体に行き渡る可能性はあるのでしょうか。

IT系ライターとして福祉施設のDX化事例を多く取材してきた筆者が、政府が進める処遇改善の中身を、現場の実態と紐づけて読み解きます。

全産業平均より8万円低い介護職員の賞与込み給与

一般に賃金が低いと言われる介護職ですが、まずはその現在地を確認しましょう。

厚生労働省が賃金構造基本統計調査をもとにまとめた資料によれば、介護職員の賞与込み給与(※)は令和7年で約31.4万円です。これに対して役職者を除く全産業平均は39.6万円であり、その差は月8.2万円に上ります。

長期的には縮小してきた格差ですが、ここ1~2年は介護職の賃上げが他産業のペースに追いつけず、縮小が止まっているといえます。

(※)賞与込み給与は、調査年の6月分として支払われた給与に調査年の前年の1月から12月分の賞与の12分の1を加えて算出した額。

出典:賃金構造基本統計調査による介護職員の賃金の推移 | 厚生労働省

介護事業の収入の大半は、国が定める介護報酬で決まります。一般企業と違い、人件費が上がったからといってサービス価格を変動させることはできません。そのため、他産業や最低賃金が上がるたびに、相対的に取り残されやすいのです。

今後14年で32万人の需要増? 人手不足が進む介護業界

賃金の低さに加え、介護業界では人手不足も大きな課題となっています。

厚生労働省の統計によれば、2026年度に必要な介護職員数は約240万人、それに対して2040年には272万人が必要となり、向こう14年で32万人の増員が必要になると見込まれています。

出典:介護人材確保の現状について|厚生労働省

一方で、同資料によれば介護関係職種の有効求人倍率は、令和7年3月が3.97倍、令和6年度平均が4.08倍となっており、需要に対して人材が追いついていないことがわかります。

保育園の「待機児童」が社会問題となって久しいですが、このままでは介護でも「施設を利用したくても職員不足で入れられない」といったケースが増えるかもしれません。

「低賃金」と「人手不足」の悪循環を断ち切る介護報酬改定

ここまでお伝えした通り、介護業界では低賃金と人手不足が相互に影響し、働きづらさにつながる悪循環が生じやすい構造があります。

このような「低賃金」と「人手不足」を両方解決するために、厚生労働省は「令和8年度介護報酬改定」に踏み切りました(2026年6月1日付けで施行)。

本来この改定は、前回の令和6年度分から3年後にあたる令和9年度に行われる予定でした。しかし、他産業との賃金格差の拡大と深刻な人材流出を受け、予定を繰り上げて「期中改定」として実施されています。

注目したいのが、今回の賃上げの上乗せが事業所・施設の生産性向上や協働化と結びついていることです。改定では介護従事者を対象に月1.0万円の賃上げ措置を講じ、生産性向上や協働化に取り組む事業者の介護職員には月0.7万円を上乗せします。定期昇給0.2万円を含めると、最大月1.9万円となる設計です。

このうち0.7万円について「生産性向上のための取組」などが条件となっており、「賃上げ原資の上乗せ」と「職場環境の改善」が結びつけられたことがわかります。

0.7万円上乗せのカギを握る生産性向上とは?

DX化と職員の待遇改善の現実を整理するために、生産性向上に向けてどんな取り組みが必要なのかを確認しましょう。

まず0.7万円の上乗せを受けるには、見守り機器や介護記録ソフトなどを活用し、現場の業務を効率化する取り組みが求められます。

このような施策がうまく機能すれば、職員にとっても「現場でのコミュニケーションが取りやすい」「手書きでの記録の手間が減る」といったメリットがあります。つまり、業務負担の軽減と待遇改善の両立につながる可能性があります。

問題は、はたして上記のような改革を各施設が実行できるかという点にあります。経営上の都合や現場の適応など、いくつかのボトルネックが想定できます。

テクノロジーを導入するためのリソースが足りない

介護のバックオフィスは最小限の人数で運営することが多く、現場の責任者や経営者が片手間で兼任していることも珍しくありません。

機器の導入から運用まで、手が回らない事業所が多いことは容易に想像できます。人手不足に苦しむ事業所ほど、業務効率化のための行動を起こしづらいという悪循環があるのです。

テクノロジーの導入にあたっては、途中で頓挫することを避けるため、現状のフローの延長線上で少し効率化ができるようなミニマムな改善から進めることが望ましいといえます。

稼働率を維持できなければ施設の赤字につながる

賃上げの実現可能性を議論するうえで見過ごせないのが、施設自体の経営の持続性です。ここでポイントとなるのが施設の「稼働率」、つまり施設の定員に対する実際の利用者数の割合です。介護施設の収入は、利用者数や提供するサービス、各種加算などに左右され、つねに変動の可能性があります。

経営者を悩ませるのが、職員の給料は一度上げると下げづらいという点です。生産性向上推進体制加算の要件を満たして賃上げを行った直後に利用者が減って収入が下がれば、経営が苦しくなってしまう可能性があります。

事業所としても職員の待遇を改善したい意向はありつつ、経営の観点から慎重にならざるを得ない実情はあると考えられます。

職員の適応に時間がかかる

また、職員によってデジタルツールへの習熟度に差があり、「仕事のやり方を変えたくない」という声が上がることも考えられます。

高性能なICTツールを導入しても、職員が使いこなせなければ、かえって非効率化をもたらします。ツールの活用で賃上げを実現できたとしても、仕事のしづらさから職員の満足度を下げてしまうことにもなりかねません。

ツールの導入を検討する際は、「何ができるか」だけではなく「職員にとって使いやすいか」まで考慮に入れることが求められます。導入コストや利用できる補助制度も確認し、現場が無理なく使い続けられる方法を検討する必要があります。

介護に携わるすべての人の待遇改善に向けて

今回の制度改正には、介護職員の待遇を給料と職場環境の両面から改善しようとする政府の積極的な意思が表れています。全国の施設が恩恵を全面的に受けるにはまだまだ解決すべき課題があるものの、人材の流出が多い介護業界で職員の働きやすさを高めるための確かな一歩を踏み出したといえるでしょう。

介護だけでなく、人手不足が深刻なさまざまな業界で、テクノロジーを活用して生産性を高め、その成果を賃金へ還元する流れは今後さらに広がっていくかもしれません。現場の職員の意見を取り入れながら、使いやすい仕組みを整えることも重要です。

そういった一つひとつの取り組みが、職員の給料にもつながっていくのではないでしょうか。