岡山市内からクルマで1時間。児島ICを降りると“ジーンズの聖地”と書かれた看板が目に飛び込む。かつて学生服の製造で鳴らしたこの街は、1960年代にジーンズへと舵を切り、今や世界が指名買いする一大産地へと成長した。その強さの源泉は、半径5km圏内に糸の染色、製織、縫製、加工のプロが密集する分業制にある。今回訪ねた「ジャパンブルージーンズ」も、この輪のなかで職人と信頼関係を築き、ものづくりを重ねてきた。

  • 「ええもん作らんと、仕事にならんから」。長年、児島で生地作りに向き合ってきたベテラン製織職人の言葉。

生地開発の最前線に立つのは、テキスタイル生産部の池上あさこさん。年月を経てデニムがどのような表情へ変化していくのかを逆算し、糸の選定やムラの出方まで、細部を見極めながら設計していく。だが、繊細な素材を相手にする現場では、机上のレシピ通りには進まない。植物由来の糸は天候や湿度、ロットの差で表情を変えるため、現場では常に素材との対話が求められる。そして何より、織機の「機嫌」もある。

  • テキスタイル生産部の池上あさこさん。綿だけでなく、シルクやカシミヤ、和紙といった異素材をブレンドした生地開発にも意欲的だ。

現場の主役は、豊田自動織機の「GL-9」を始めとする旧式のシャトル織機。すでにメーカーの部品供給は止まっており、故障の際は部品取り用の個体からパーツを移植することでその命を繋いでいる。

職人は織機の様子を伺いながら、駆動音のわずかな違いから異変を察知する。そして織り上がりにそっと手を添え、打ち込み本数のブレを感じ取る。耳で異変を拾い、手で仕上がりを決める。どれほど最新の設備を導入しても、この感覚は置き換えられない。

そうして整えられたデニムは、近隣の縫製工場へと運ばれる。ここではパーツ縫製やベルト付けなど工程ごとに役割を分担するが、決して無理に数を追わない。粗さや拙さが「アジ」に転化するデニムの世界において、雑味に頼らず丁寧に縫い上げる。それがこの土地の流儀。前の仕事を踏まえ、自らの持ち場をやり切り、次へと託す。その積み重ねこそが、児島を“ジーンズの聖地”たらしめている。

  • 本社からクルマで10分ほどの距離にある縫製工場。児島では製品が地域内を巡り、その都度、最適な職人へと託されていく。街全体が、ものづくりの現場なのだ。

職人から職人へと託され、最後には使い手へと受け継がれるデニム。価値は工場で完結するのではなく、人の手と時間を重ねながら育っていく。その営みは、大地の恵みと歳月に委ねるワイン造りともどこか響き合う。

土地の個性を映す、自然と向き合うワイン

岡山県北西部、新見市のなだらかな山道を抜けた先に現れるコンクリート造りの建物。標高400mのカルスト台地に建つ「ドメーヌテッタ」のワイナリーだ。「地元で何かできないか、ずっと考えていました」と語るのは、建設業から転身した異色のドメーヌ主、高橋竜太さん。2009年、かつて食用ぶどうが栽培されていたものの、20年近く眠っていた土地に目をつけ、再生を決意する。石灰質の土壌、水はけの良さ、標高400〜500mの寒暖差、ワイン造りに適した条件が揃っていた。

  • 山間部に映えるモダン建築のような外観。

事業開始時は約1haのみだった土地を、約10年かけて開墾。現在は8haの敷地に約1万8000本のぶどうの木が広がる。その広大な畑では、シャルドネやメルローといったヨーロッパの品種を育てる一方で、かつてこの地域で栽培され、土地の記憶を刻んできたシャインマスカットやピオーネといった食用の品種も残している。

世界の名だたる産地と同じ石灰岩の土でどこまでやれるかという新しい挑戦と、地域の農業を支えてきたアイデンティティ。その両方を畑のなかに置きながら、土壌のポテンシャルと向き合う地道な作業を続けている。

  • 取材に訪れた2月は、春の芽吹きに向けた剪定作業の真っ只中。どの枝を残し、どこから芽を出させるかを一枝ずつ考えながら行う。

そうして育てたぶどうの個性を余すことなく引き出すため、2016年に完成したワイナリーには明確な設計が施されている。高橋さんが求めたのは、ポンプの圧力を使わず重力だけでワインを移動させる「グラビティフロー」だ。醸造所に設けられた高低差に沿ってワインが静かに流れていく仕組みは、ぶどう本来の香りや味わいを守るためのもの。

  • ワインを贈る際、紙のボトルバッグでは味気ない。かといって、ボトルのままでは気が引ける。そんな場面を想定して生まれた専用の包み紙。

醸造においても、余計な操作は加えない。野生酵母で発酵させ、補糖や補酸もしない。「“クッキング”はしないほうが、畑の味が素直に出ると思うんです」と高橋さん。毎年同じ味を目指すこともせず、その年の気候が育てたぶどうの個性をそのままボトルに映し出す。

  • 代表の高橋さん。醸造所の壁面に灯るのは、現代美術作家のダグラス・ゴードンとジョナサン・モンクの共作によるネオンアート。

もっとも、この土地のポテンシャルが本当に証明されるのは、まだまだ先の話だという。「石灰岩のキャラクターがはっきり出るのは、樹齢が30年、40年くらいになってから。自分たちの代は土台作りですね」。そう語る高橋さんの目は、この土地の未来をまっすぐ見据えていた。

土地の個性を引き出しながら、時間のなかで価値を育てる。その姿勢は、瀬戸内に根づく発酵文化にも受け継がれている。

暮らしの記憶を新たな価値へ繋ぐ作り手たち

かつて日本の町には、農家の米を麹に加工して返す「麹屋」が存在した。瀬戸内市で三代続く「名刀味噌本舗」も、地域の食文化を支えるインフラとして、自家製味噌の製造と並行し、現在も地域のための麹を仕込み続けている。

  • 昨年末、蔵の隣にオープンした販売所の前で。左から三代目の高原隆平さん、二代目の宣隆さん、そして隆平さんの兄、陽平さん。

麹室は決して最新設備ではない。だが三代目の高原隆平さんは、そこにこそ土地の味が宿ると考える。蔵に棲みつく多様な菌が共存することで、味に奥行きが生まれるという。さらに一本筋を通しているのが、添加物を用いない自然熟成。温度管理で発酵を急がず、四季の寒暖差に委ねるため、仕上がりには時にブレも生じる。だがそれが、生き物である証だ。

  • 夏に仕込んだ味噌が、冬を越え、半年かけてゆっくりと熟成していく。瀬戸内の穏やかな時間が、深いコクを生み出す。

傍らに立つ二代目の前で、三代目は言う。「看板商品であっても、仕込み方の改良を続けています」。代々受け継いだ蔵の環境を守りながらも、そこに安住はしない。看板商品ですら仕込みの工夫を重ね、少しずつ味を磨いていく。甘酒や麹の新しい提案も、そうした姿勢の延長にある。麹屋として始まった「名刀味噌本舗」の営みは今も、土地の発酵文化を受け継ぎながら、新たな味わいを探り続けている。

  • 二代目が伊豆大島の塩メーカーからのリクエストで開発した「合わせ麹味噌」。今や不動のベストセラー。1080円(税込)※2026年8月現在

受け継がれた記憶を、新たな価値へ変える動きは、街の中心部にも及ぶ。

岡山後楽園へと続く門前町に、近年静かな変化が起きている。現代アーティストと建築家が共作した一棟貸しの宿や、若手によるクラフトビール専門店などが点在し、歴史ある街並みに新しい感性が層を成すように重なり始めている。

その流れの核となるのが、明治期の醤油蔵を改修した「福岡醤油ギャラリー」だ。岡山出身の実業家、石川康晴さん率いる石川文化振興財団によって整備されたこの施設は、梁や石段といった当時の記憶を残しつつ、現代美術の展示空間として姿を変えた。

  • 現在、コンセプチュアルアーティストのライアン・ガンダーの個展が開催中。蔵ならではの奥行きや陰影のなかで、独特のアート体験をもたらしている。

石川さんの視線は、ひとつの施設に留まらない。歴史的な建物を文化の拠点として再生し、街のなかに点在させていく。それは、街全体をひとつの大きなミュージアムに見立てる、壮大な試みだ。かつての醤油がそうであったように、アートという新たな文化がじっくりと時間をかけて街を醸していく。門前町で今起きているのは、時間を味方につけながら文化を育てていくプロセスなのかもしれない。

  • 「アーティストの世界観を点在させて、街歩きのなかで何かに出合う楽しさを提供したい」と話す石川さん。

糸の一本から大地の土壌へ、そして古い蔵や街並みへ。岡山の土地に根を下ろした作り手たちは、それぞれのやり方で過去を受け継ぎ、未来へと繋いでいる。この街のものづくりは、完成した瞬間がゴールではなく、そこから時間を纏う旅が始まる。人の手や土地、そして流れる時のなかで、その価値は新たな姿へ更新されていく。

▼協力
ジャパンブルージーンズ
086-486-0002
japanbluejeans.com/

ドメーヌテッタ
岡山県新見市哲多町矢戸3136
086-796-3658
tetta.jp

名刀味噌本舗
岡山県瀬戸内市長船町土師14-3
086-926-2065
www.meitoumiso.com

福岡醤油ギャラリー
岡山県岡山市北区弓之町17-35
086-222-3106
fukuokashoyu.org

取材・文:中川 滋 写真:吉澤健太 編集:OCEANS編集部