社会が大きく変化し、これまでの常識が通用しなくなる中、私たちはどのように未来へ投資し、人生を幸せに形作ればいいのか。これから20年、100年先を見据える先人たちの知恵を伺い、生存戦略を考える。生成AIがビジネスの生態系を変えつつある現在。その最前線で奮闘する起業家が持つ、新しい事業へのビジョンはどのように生まれるのか。第2回は、アメリカを拠点に生成AIを活用した広告動画・画像の自動制作、効果分析、最適化プラットフォームを提供しているスタートアップ・Omneky創業者の千住光さんに訊いた。

「AIがすべてをつくりだす世界」に残された価値

東京で生まれ5歳の頃に両親の仕事で移住、その後アメリカを拠点に生活してきた千住氏は、2018年に20代半ばでOmnekyを創業した。2020年代に生成AIが一般化するより数年早く、生成AIによる事業を発想できたのはなぜか。

2011年にハーバード大学に入学してコンピュータ・サイエンスを専攻し、当時から生成AIに注目していました。在学中に起業した教育関係のスタートアップを同業他社に売却し、売却先でマーケティング担当役員を任され広告制作・運用の実務に携わりました。Omnekyを起業したきっかけのひとつは、Googleの研究者らが2017年に発表した、Transformerアーキテクチャを提案した論文『Attention Is All You Need』を読んだことです。このアーキテクチャでは情報の高速道路を作ることで、データの規模が大きくなるほど性能が向上しやすいという特性があります。その後の生成AIの土台になったこの論文を読んだことで、「近い将来、動画、画像、マーケティングなどすべてが生成AIでできるようになる」というビジョンが私の中に生まれました。制作コストがゼロになり膨大なコンテンツが生み出されるようになると、アテンション(注目)を得る競争が激しくなるはずです。私と同じく事業を始めたばかりの起業家でもアテンションを集め、ビジネスをスケールできるようにサポートしたいという思いもあり、上記の論文が発表された翌2018年にAI広告プラットフォームを立ち上げました。

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千住氏はAIに関してプレゼンテーションする機会も多い。

「ビジネス」と「ものづくり」が、起業家としての原点に

若くして起業家としての道を選んだ千住氏。その情熱が育った理由には、家族からの影響があったという。

母は投資銀行で働いており、祖父はIBMやコンパックで活躍し、起業家支援にも携わっている実業家です。ビジネスが身近な家庭環境のおかげで、私も子どもの頃から家に送られてくる『ウォール・ストリート・ジャーナル』や『エコノミスト』の記事を片っ端から読んでいました。そのうちにビジネスの世界の中心にいる起業家を尊敬するようになり、中高生の頃はテッド・ターナー(CNNの創業者)や、コンピュータの世界で活躍する祖父の影響でビル・ゲイツに憧れていました。また、子どもの頃から家にコンピュータがあったり、プログラムで動かせるブロックの玩具で遊べたりしたことがコンピュータへの興味に影響しました。日本に帰国した際、祖父に連れて行ってもらったスタートアップのピッチコンテストはとても面白く、「世界にインパクトを与えたかったら、テクノロジーをやるべきなんだ」と深く感じました。

コンピュータを学ぶために入学したハーバード大学も、千住氏の起業家志向にぴったりの環境だった。

私が入学する数年前からハーバード大学はスタートアップ支援に力を入れており、ハーバード・イノベーション・ラボ(Harvard i-lab)という機関を設立していました。「テクノロジーの進化にインパクトを与えたい」という思いが強く、その最も早い方法として起業家をめざしていた私は、学部生としてコンピュータ・サイエンスを専攻しながらHarvard i-labにも通いました。Harvard i-labでは、すでに起業しながらハーバード・ビジネス・スクール(MBAコース)で学んでいる学生に囲まれて、私も資金の集め方やチーム作り、マネジメントなど起業に必要なことを学びました。在学中に起業への補助金が出るピッチコンテストに優勝したことも、起業家としてやっていく自信になりましたし、ハーバードで得た人脈も非常に重要でした。

家族から受け継いだ「ものづくり」への興味も、千住氏の新しいものを生み出すモチベーションの源流にある。

日本画家である父の影響もあり小さい頃からものづくりの面白さに目覚め、プログラミングで動くレゴのロボットで遊んだり、建築のミニチュア模型をつくったりしていました。作曲家の叔父さんのスタジオに遊びにいって自分でも作曲をさせてもらい、一緒に演奏したことも。プログラミングに興味を持つ理由は「問題解決をしたい」や「数学が好き」など人によって様々です。私の場合はものづくりへの興味がまずあり、つくったものを多くの人に見てもらいたい欲求がありました。僕が作曲しても聞いてくれる人は20人程度だろうけれど、プログラムを作ってインターネットに公開すれば何百万人に届き、社会にインパクトを与えられるかもしれません。そのポテンシャルが魅力で、画材や楽器のような「ものづくりの道具」として私の場合はプログラミングにのめり込んだのです。そもそも日本はものづくりの社会です。料理にしても、海外では別室で作られてから提供されますが、日本では寿司など作るプロセス自体を客に見せて楽しんでもらっています。日本人ならではのものづくりへの高い関心が、私のバックボーンにもあったのだと思います。

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家族から受け継いだビジネスとものづくりへの興味が、起業家としての原点だと語る。

自身の強みを活かしたAIをつくり、AIを「民主化」する

「アメリカでは、AIに仕事を奪われ、プログラマーを中心にホワイトカラーの需要が減ってきている」という報道を日本では目にすることが増えたが、アメリカのAI産業の最前線で戦う千住氏はこれをどう見ているのか。

実際には起きていないと感じます。うまくいっていない企業がAIの普及をコストカットの言い訳にしているだけだと思います。AIの登場でプログラムの重要性が上がっているわけですから、それをつくるプログラマーも求められます。それに、本当にすべての仕事をAIによって自動化できるようになるまでは、「人間だけができる仕事」や「AIを教育できる人材」の価値は高まる一方でしょう。ただ、全てが自動化した時に、その価値は下がります。だから、プログラマー、AI研究者自身はやや社会をネガティブに受け止めています。彼ら自身のミッションは自分を自動化することです。自分が自動化することでスーパー・インテリジェンス(超知能)にたどり着きます。そのネガティブな感情がメディアに伝わっているのだと思います。

そんな激動の時代に千住氏はどんな未来を描いているのか。

現在AI研究者たちは、あらゆる面で人間を超える能力を持ったスーパー・インテリジェンス(超知能)の開発をめざしています。私は、ひとつの企業がスーパー・インテリジェンスを独占するのではなく、誰もがそれぞれのスーパー・インテリジェンスを持つことができ、面白いアイデアを持っている人が成功できるような社会を創りたい。スーパー・インテリジェンスの民主化を応援したい。そしてスーパー・インテリジェンスが人間を置き換えるのではなく、それぞれの人間が持つ力を高める社会を創りたいと考えています。ですから、これまで我々はChatGPTやDALL·Eのような既存のAI基盤モデルを活用してきましたが、現在自社の独自モデルの開発にチャレンジしています。

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千住氏がスタートアップのピッチイベントに出場した際の様子(右)

 

日本企業やビジネスパーソン、ひいては国全体にとってこれからの未来を生きる生存戦略について、自社でも独自モデルの開発に取り組む千住氏はこう提言する。

未来を生きる企業は全て自分のスーパー・インテリジェンス(超知能)を持つべきだと考えます。日本企業にとっても、他国の企業が提供するシステム、スーパー・インテリジェンスに頼りすぎることにはリスクがあります。いずれスーパー・インテリジェンスの先進企業が「あなたの企業のコストを大幅に削減できるモデルがあります」と言ってくるかもしれません。「それは便利で、画期的だ」と思って利用した先で、お金や、場合によっては個人情報が他社に流れてしまう可能性もあります。※

ノウハウがない企業は、最初は先進的な企業から少しずつノウハウを得ていくところから始めることになるかもしれません。それでも自分たちの事業とマーケットを深く理解し、社内のデータとノウハウを使いこなして、自社独自のAI基盤モデルを開発していくべきだと思います。そのために先端AIモデルの開発やAIのトレーニングができる人材を自社内に育てることも大切です。これは一社だけでなく国家規模の問題だと思います。AI開発のエコシステムを、必死になって国内につくっていかないといけません。

そして、日本は世界を目標とする起業家をサポートしないといけない。近年の日本は国内市場を対象にしたスタートアップに優秀な人材が集中している分、海外市場への挑戦が下火になっていますが、かつてのように日本に優位性がある分野を活かして、世界の市場から求められる商品、そしてAI基盤モデルを開発していく必要があります。攻撃は最大の防御。世界の市場を目指す起業家が活躍できる環境をつくることは、日本にとって重要な生存戦略になるはずです。  

※サービスごとにデータの取り扱いは異なり、学習に利⽤しない契約形態も⼀般的です。

ものづくりを大切にする日本人らしい価値観が原点のひとつだという千住氏。AIの最前線を駆け抜ける起業家の心に「ものづくり」の精神があることは印象深い。外部のモデルを活⽤しながら⾃社の強みを磨く選択肢もある中、「自らノウハウを磨き、自社のAIモデルをつくっていく」ことへのこだわりと危機感は激しい競争の中で挑戦し続ける人だからこそ、実感をもって響いた。

【プロフィール】

千住 光(せんじゅ・ひかり)Omneky Inc. 代表。1993年東京生まれ。日本画家の父とバンカーの母と共に、5歳の頃にアメリカに移住し、以後アメリカを拠点に活動。ハーバード大学在学中から起業家としてのキャリアを始め、家庭教師マッチングサービス「Quickhelp」など複数の事業を立ち上げる。Quickhelpの売却先であるYupで広告制作・マーケティングを担った後、2018年にAIを活用した広告クリエイティブプラットフォームを提供するOmnekyを創業。

 

取材・文:甲斐荘秀生 編集:Pen編集部 写真提供:千住光氏