社会が大きく変化し、これまでの常識が通用しなくなる中、私たちはどのように未来へ投資し、人生を幸せに形作ればいいのか。これから20年、100年先を見据える先人たちの知恵を伺い、生存戦略を考える。登場から数年で仕事や生活に溶けこんだ生成AIは、人間の仕事を本格的に代替する「AIエージェント」へと発展しつつある。その先にどんな社会・経済の姿があり、私たちはどのように生きていくのか。第1回は、情報発信や企業のAIエージェント導入のサポートといった活動を通じて「人間とAIが共存する社会」を推進してきた、AICX協会代表理事の小澤健祐氏に訊いた。
「手足のついたAI」がワークフローを根底から変える
そもそも「AIエージェント」は従来の生成AIと何が違うのだろうか。小澤氏はこう説明する。
従来の生成AIは情報の検索・まとめや提案をしてくれますが、AIエージェントはさらに「カレンダーに予定を入れる」「メールを送る」などの「行動」をしてくれるものです。「生成AIに手足がついたもの」とイメージするのがいいでしょう。日本企業でも、Microsoft Teamsと連携したCopilotやGoogleのGeminiの導入が進んでいますが、文章の校正や要約、翻訳といった初歩的な用途にとどまっており、AIエージェントのポテンシャルを全社的に活かせている企業はほとんどありません。その中でも活用が進んでいる企業として、トップダウンで生成AI導入を進めてきた日清食品ホールディングスや、同じくトップダウンで社内のAIエージェント開発者を育成しているライオン、数千名がAIエージェントを活用し、ボトムアップで現場発のアシスタントが多数生まれている清水建設が挙げられます。
ではこれから広がるというAIエージェントはどのように普及するのだろうか。小澤氏は近いうちに大規模な変化が起こると予見する。
例えばMicrosoftのCopilotでは、Anthropic製のAIエージェント機能が実装され、導入が広がっています。「この文章の要約をOneDrive上にWordで保存してから、Teamsで○○さんに送って」と指示を出すと、メンバーリストから当人を探して共有してくれたり、「先週のメールを全部チェックしたいので、PowerPointでレポートを作って」と指示したらきれいに資料を作ってくれることが当たり前になります。
こうした機能が今年から来年にかけて広がり、事務職をはじめ、営業、マーケティング、広報などホワイトカラーのほとんどの仕事をAIエージェントがやってくれるようになるでしょう。先行した企業や部署の業績・効率が圧倒的に改善するのを見て、他の企業・部署も焦りだすと一気に広がるはずですが、今はそこに向けて事例がたまっている段階だと思います。

仕事がAIに代替する未来、人間に残されるものは「活動」
AIによって仕事が代替された20年後はどんな社会になっているのか。小澤氏は法制度の変更まで言及する。
20年後の社会の姿は不確定ですが、「すべての前提が問われる」時代になることは間違いありません。現段階で多くの仕事がAIで代替できるわけですから、20年後にはホワイトカラーの仕事はほぼゼロになっているはずです。一時的にブルーカラーへの労働移動が起こるでしょうが、それもいずれロボットに置き換えられるでしょう。
そうなると国民の三大義務である勤労・納税・教育(子に教育を受けさせる義務)からして、そもそもの前提が問われます。働きたくても仕事に就けないし、仕事ができない以上納税もできない。その結果、教育の意味も問われるでしょう。現在の法制度はAIエージェントを想定していないので、それを前提とした形へと社会のプロトコルを設計し直さなければならないフェーズが来るはずです。
そんなAIを前提とした社会において、人間にはどんな役割が残るのだろうか。小澤氏は興味深い発言をする。
哲学者ハンナ・アーレントは『人間の条件』において、人間の営みを、生命維持に関わる「労働」、形あるものを生み出す「仕事」、他者との関係の中で行われる言論や行為である「活動」の三つに分類しています。そのうち「労働」と「仕事」がAIとロボットによって代替されたとき、幸せの定義は仕事上の有能さなどではなく、内発的な「活動」を通じて他の人と関係性を作ったり、他者との関係の中で自分が立ち現れたりすることへと転換していくはずです。
本社オフィスに出勤するために東京に住む意味がなくなると、東京一極集中が解消され、地方への分散が進む可能性があります。そうなると「この地域には釣り好きの人が集まる」とか「陶芸が好きな人が集まる」といったように、価値観を共有する「活動」のコミュニティが地方に生まれることも考えられます。

日本の強みを活かし、AIと人間が共存する社会を目指して
とはいえ、仕事がなくなっていくと聞けば懸念が生まれる。“活動”が人間の役割になった社会で、私たちはどんな生存戦略を取れるのだろうか。小澤氏はダイナミックな未来を描く。
20~30年後に来る、AIが社会インフラになった社会に向けて、これからの10~20年は通貨や資本主義といった現在の社会プロトコルは残りつつ、次にどんな社会を描くのかを議論していく移行期になります。その時期における生存戦略は重要で、キャリアという観点ではホワイトカラーの数が少なくなることは間違いないですから、AIエージェントを現場でデザインする側に回れるかが大事になるでしょう。
もう少し広く人生まで視野に入れると、先ほど述べたとおり「活動」を生み出していくことが大事になります。野菜や肉さえもAIによるロボットがつくり、自宅まで運んでくれる。サービスが普及するため、ベーシックインカム(最低所得保障)や賃金の概念さえ不要になっていくかもしれません。そのためにも、仕事や残業に追われてばかりではない生活の仕方を自ら見つけていくこと、そして活動を通じて人とのつながりを増やすことが、幸福の最大化を図るうえで重要になるでしょう。

私はAIの専門家としてこれからの日本の社会像を描き、実現していくことが自分のミッションだと思っています。そのために最近は哲学、社会学、文化人類学といった領域からも日本の強みを研究しています。例えば中国はAIによって国家主導の監視型資本主義がますます強くなるでしょうし、アメリカではAIによって資本主義と個人主義による格差がさらに広がっていくでしょう。それに対して日本には、荷物が自宅まで時間通りに届くといったサービスの質の高さや、ラーメンやクリスマスなど海外の文化を取り入れて自国流に適応させる固有性があります。その強みをAIエージェントへと置き換えていった先に、日本ならではの未来像があるはずです。
小澤氏が語る未来は一見突拍子もないように思えるが、AIによってサービスが普及し、ベーシックインカムさえも不要になるという社会で、人間が人間らしい“活動”にかえる、まるで原点回帰の流れにも見える。AIとともに人間が生きる未来は意外と楽しみにしてもよいのかも、しれない――。
【プロフィール】
小澤 健祐(おざわ・けんすけ)一般社団法人AICX協会代表理事
「人間とAIが共存する社会をつくる」をビジョンに掲げ、AI分野で幅広く活動。1500本以上のAI関連記事の執筆や年間300回以上にのぼる登壇を通じてAIの可能性と実践的活用法を発信。また一般社団法人AICX協会代表理事として、国内最大級のAIエージェントカンファレンス「AI Agent Day」の主催や、国内初のAIエージェント実装人材資格制度の創設をけん引。複数のAI企業の経営に関わり、日本HP、NTTデータグループ、Lightblue、THAなど複数社のアドバイザーも務める。経済産業省「AX時代におけるスキルのあり方検討ワーキンググループ」委員、千葉県船橋市生成AIアドバイザー。著書に『生成AI導入の教科書』『AIエージェントの教科書』(ワン・パブリッシング)。
取材・文:甲斐荘秀生 写真:松田麻樹 編集:Pen編集部